激突する無敗と常勝
──水の国、ライオネル領、クロアにて……。
「……で、これってどういうことなん?」アカリは問う。
「俺はアンデッドになりかけていた──いや、なっていた。だが、フィアの術でどうにか戻れたらしい」
「いや、冷静に説明されてもねぇ。それにアンデッドなんてあり得な──いんや、何でもないよ」
一度は否定しようとしたが、彼女はシャドーという男を知っていた。
吸血鬼が存在する以上、彼らの眷族たるアンデッドがいたとしてもおかしくはない……と。
「そんで、あんたらはどこに行こうとしてたわけ?」
「風の大山脈だ」
「……なるほどねぇ、決戦に備えるわけかい」
「ああ」
アカリは目線を逸らし、フィアの方を見た。彼女は恋人が蘇ったことが嬉しいのか、器用な手つきでリンゴの皮を剥いている。
改めて憎き男を見た時、仕事人は呆れた顔をした。
「で、その具合で行けるのかい?」
「無理だな。というより、決戦の方も無理そうだ」
善大王はベッドに寝かされていた。アンデッドの因子は無事に取り除かれたが、その課程で凄まじいダメージが彼の身に襲いかかっていたのだ。
百番台の、それも天の巫女の術を直撃したとあっては、このようになるのも当然のことだ。むしろ、命が続いているだけ超のつく幸運と言わざるを得ない。
「んで、そっちの巫女さんは?」
「私はライトの看病しなきゃだから」
フィアはリンゴとナイフを持ったまま、赤髪の《選ばれし三柱》にそう言った。
「そうかい」
「……いいのか? 誰かは知らないが、頼まれていたんだろ?」
「そりゃまぁ、連れていけるもんならその方がいいけど、巫女さんを強制連行できる気はしないよ」
「確かにな」
彼女が看病すると言ったからには、確実にこの場を離れないことだろう。
この健気な少女を連れていこうとすれば、叩きのめしてから運ぶしかないのだが──さすがのアカリもそれは不可能だと判断したらしい。
結局のところ、彼女はただ働き──の上、仕事失敗という黒星をつけることとなった。
「(っても、俺の方も他人事じゃないんだけどな──せめてフィアだけでも向こうに送るつもりだったが)」
天の巫女というのは想像以上に大きな存在であり、その喪失は戦局に大きな影響をもたらすことだろう。
彼の戦力増強策は有効ではあったが、なにぶん相手が悪かった。あの吸血鬼が接触を図っていなければ、大陸攻略の難易度は大幅に下がっていたことだろう。
──いや、この場合は逆だろうか。二人の喪失により、難易度は急激に上昇した。
「じゃ、あたしゃここらへんで退散させてもらいますよっと」
「……すまなかったな。本当に助かった」
「あんたに礼を言われても嬉しくはないよ──むしろ、ここで殺せなかったことを後悔しているくらいさね」
意味深な言葉を残し、アカリはその場を去った。
「フィア、よく何もせずに我慢できたな」
善大王を殺す、などと言えば彼女が怒りだすのは、今までの例からして簡単に予想できることだった。
ただ、彼が知らず、彼女だけが知っていることがある以上、それは絶対的な法則ではなかった。
「あの人の大切な人が誰なのか、何のなくだけど分かったから」
「……? 珍しいこともあるんだな」
「うん」
他人の事となると急にやる気をなくす引きこもり姫だが、今回ばかりは特別だったらしい。
闇夜でアカリと遭遇した時点で、彼女は能力を使っていた。それによって、彼女の心を多く占めている男性を認識した。
会話や思考の端々から覗かせる情報により、彼女はその人物が先代善大王だと確信した。
人の顔を覚えないフィアだが、善大王との出会いとなった場面に登場する人物だっただけに、珍しく記憶の中でも鮮明な顔立ちだった。
神の代理人である彼女が、先代善大王の死を知らないはずがない。彼が死亡したことにより、想い人が正真正銘の王子様──を通りこして王様だったが──となったのだから。
「(《皇》を愛することの辛さだよね。もしも私が同じ立場だったら、きっと──)」
仕事人以上に事情を知っている彼女だからこそ、恋人を悪く言うような──それこそ害を加えかねない言葉を口にしたとしても、発言を咎める気にはなれなかったのだ。




