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「やめてッ──」
瞬間、フィアは火属性の魔力を察知し、迷うこともなくその部分に向かって術を放った。
足踏み、発光、二つの段階を踏み、橙色の光線が地面に描かれた《魔導式》を打ち砕いた──かのように見えた。
だが、《魔導式》は既に大気に溶けており、術の発動命令は完了していた。
一発の火球が善大王の体に直撃し、彼の意識は奪い去られた。
「ライト──っ!」
地面に突っ伏した恋人の元に駆け寄り、彼の体から発せられるエネルギーを探る。
しかし、絶命した者から生命反応が探知されるはずもなく、フィアは善大王の死を確信した。
二度も想い人の死を見せられたからか、彼女の憤りは上乗せするようにアカリへ向けられた。
善大王から目を離し、振り返った彼女は少女とは思えない憎悪を滲ませ、仇敵を睨みつけていた。
「あなたを許さない」
「そうカッカしなさんな。可愛い顔にゃ似合わんよ」
「ライトを殺したあなたは、絶対に生きて帰さない」
「その男、さっきから死んでたと思うんだがね」
フィアの耳は何も聞き取ってはおらず、既に術の発動準備を終えていた。
「ちょっとタンマ! あたしゃその男を殺しちゃいないって。いや、本当」
「……?」
「なんで動いてたかは分からんけど、とりあえず気絶させただけさね」
「どういうこと?」
気絶、というのも妙な話である。ただ、彼女のやったことはそうとしか説明できなかった。
「あたしゃそこにぶっ倒れてる男が大っ嫌いでねぇ。だから、願いなんざ聞いてやるつもりもなかったのさ」
「……本当なの?」
「ああ、本当だよ。それに──」
「それに?」
「……いや、なんでもないよ。ほら、さっさとどっかの家に運び込むとするよ。このまま放置してたら、またすぐに暴れ出しかねないよ」
フィアは釈然としない様子だったが、アカリから悪意を察知しなかった為か、彼女の言葉に従うことにした。
二人で善大王を運ぶ最中、仕事人は考え事をしていた。
「(あたしの戦い方に対応できたってことは、こいつと先輩も悪い関係じゃなかったってことだね。本当ならぶっ殺したいところだけど、先輩には恩もあるからねぇ)」
彼女が殺しを優先しなかったのは、それが原因だった。
光の国でシナヴァリアと遭遇した際、仕事人は勝負を行った。その戦いでは決着がつかなかったが、彼の口から自分の処遇を知ることはできた。
彼女は既に追われてはおらず、そうするように決めたのはノーブルであると宰相は語った。しかし、ウルスとの出会いで、それが間違いなのではないかということに気付いた。
「(先輩はあたしを国に呼び返す為に、あんなことを言ったのかもね)」
暗部の戦力不足を憂い、シナヴァリアは彼女を再度暗部に誘っていた。それは自由選択であり、彼女も断ったのだが、それ自体がおかしな話である。
冷血宰相であれば、命令によって許された逃亡者を登用するようなことはしない。それはつまり、彼自身がアカリを許したことを示していたのだ。
「ま、今更どうということでもないねぇ。このクソ男の下につくなんてまっぴらごめんさ」
「ん? 何か言った?」
「なんでもないよ。ほら、きびきび動きな」
不満げな表情を見せたフィアだったが、想い人のことを考えれば、ここでのんきに戦っている場合ではなかった。




