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「こりゃー一本取られたねぇ」
アカリは笑みを浮かべているが、そこに余裕はない。
光景を見れば一目瞭然。彼女の周囲は黒く焼き焦げており、その威力が人間を一撃で死滅させるものであることを、彼女は悟ったのだ。
事実的な決着。この場面、術を発動した者はその気になれば、アカリを殺すことさえできたのだ。
それを分かった上で勝負を続けるほど、彼女は無謀ではない。
敵対者の戦意が喪失したと確信したのか、常闇に浮かぶ一対の虹光は自ら近づいてきた。
「あなた、誰よ」フィアは問う。
「……おかしいねぇ、巫女さんとも前に会ったはずだけど」
「えっ、そうなの……?」
瞬間、不気味にも見えた虹色の光は消え、入れ替わるように暖かな橙色の光が周囲を照らした。
「その腕輪──《縛魂腕輪》ね」
「そういうこと。あたしゃ依頼者から頼まれて、巫女さんのエスコートを任されたワケよ」
「……依頼人って? それに、なんでライトと戦ってたの?」
ここに来て、戦いが発生した原因ともなる問いが出てしまった。
善大王は構えを取るが、もはや勝負付けの済んだアカリが戦う選択を選ぶはずが無く──選べるはずもなく、彼女は肩を竦めた。
「そこの男に弄ばされたことがあるからさ」
「えっ……」
「馬鹿、信じるな。俺は幼女以外には手を出さない」
「そ、そういえばそうだよね」
「いやいや、そうとも限らないよ」
「……うん、あなたが悪い人ってことは分かったの」
善大王は自身の相棒が信じてくれたことに安堵するが、どうにも彼女の表情は険しい。
「だってライトはちっちゃい子しか相手にしないもん! なにがあっても、あなたなんかと遊ぶわけないよ!」
「そっちで信じたのかよ……」
いくら自分で補強した部分とはいえ、性癖によって信頼を勝ち取るというのはなかなかに複雑なものだったらしい。
「ハハ、となると、巫女さんはそこの小児性愛ヤローの性癖を分かった上で付き合ってるワケ?」
「そうだよ! だってライトは私の王子様だから!」
ここまでまっすぐな少女は彼女も見たことがなかったらしく、アカリは馬鹿にすることを放棄し、呆れかえった。
「ま、相思相愛でヘンな奴を引き取ってくれるっていうなら、それに越したことはないと思うがね」
「だから、帰って」
「……はいはい、分かりましたよ。依頼人を吐きゃいいんっしょ? ならすぐにでも教えてやるよ」
急に素直な対応をし始めたことに違和感を抱きながらも、善大王は黙って彼女の情報に耳を傾けた。
「依頼人は《掃除烏》っていう冒険者パーティさ」
「……冒険者がなんでまた」善大王は間の抜けた声で言う。
「なんでも、少し前の異常現象の調査をしているらしくてねぇ。その原因がこの辺にいるからってことで、あたしが派遣されてきたわけ」
異常現象、ということに関しては二人とも覚えがないからか、首を傾げるばかりだった。
「(俺が吸血鬼にやられた後の奴か?)」
「(なんのことだろ……)」
二人はそれぞれに考えた後、該当なしという結論を導き出した。
「で、その《掃除烏》ってのは何なんだ? 聞いたこともないぞ」
「ありゃ、奴らの話だとギルドでもトップクラスの有名人──みたいな話だったんだけどねぇ」
少し前に冒険者ギルドの仲裁をした善大王だが、やはりその名前に聞き覚えがなかった。
それもそのはずである。この名で活動を始めたのはエルズを拾ってからであり、その頃ともなると彼も冒険者側を注視していなかったのだ。
ここでもし、エルズが所属していることを口にしていれば、すぐにでもフィアを預けていたことだろう。
「ねぇ、ライト……どうしよ」
「そうだな──そうだ! フィア、お前の能力で──」
発想が浮かび上がった直後、善大王はそれまで忘れていた感触を思い出した。
あの戦いで侵蝕は加速し、フィアの仲裁によって戦いは中断したが、進行については何一つ変わらない速度で彼を蝕み続けていた。
「ライト!」
「フィア……俺を殺せ! 早くしろ!」
「でも……」
彼は確信していた。今回ばかりはどうしようもなく、この場で暴走しようものなら、フィアを殺してしまうと。
「なんなら、あたしが始末してやってもいいけど」
「あなたは黙ってて!」
「……っく、しご……仕事人ッ! 俺を……おれを、殺せ!」
その言葉を聞いた瞬間、アカリは口許を緩めた。
「お望みとあれば」




