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「お前は……誰だ?」
「それ、本気で言ってるんかい? それとも、つまらない冗談かい?」
「……悪い、俺は幼女以外の顔はなかなか覚えられないタチなんだ。特に女はな」
アカリはため息をつくと、自身の腕を彼に見せつけた。
「これでも思い当たる節はないってことかい?」
「その腕輪……なるほど《選ばれし三柱》か」
「あーはいはい、あたしゃアカリってもんだよ。《不死の仕事人》って名で通っているもんさ」
そこでようやく該当情報を発見したのか、彼は手のひらに拳を乗せた。
「あーいつか雷の国で会った」
「……光の国にも行ったはずだがね」
「そういえばそんなこともあったな」
さすがの仕事人も、ここまで少女以外に興味がない男には為すすべもなく、呆れるしかなかった。
「それで、その仕事人さんが何のようで?」
「率直に言うがね、巫女さんを出してはくれないかい?」
「……フィアか」
「そうそう。あたしゃ雇われの身だから事情は知らんけどね、依頼主がその子に用があるってさ」
善大王は密かに魔力を高めるが、それを牽制するようにアカリも同様のことをする。
それだけでは何に繋がるということでもないのだが、相手が気付いているともあれば、彼とて無闇に攻撃を仕掛けることはできない。
「お前を叩きのめして解決する、ってのはアリか?」
「別に構わないけど、その場合はあんたもただじゃあ済まないがね」
「依頼人は誰だ」
「ノーコメント。仮にも仕事でやってるもんで、そう簡単にゃ答えられんね」
二人は平行線だった。ともなれば、ごく自然に次の状態に移行する。
「なら、お前に譲るわけにはいかないな」
「その様子で戦えるとは思えんがね」
善大王は《魔導式》を構築することも、導力を制御することもなく、そのままに攻撃を仕掛けた。
一見するに無謀な攻めに見えるが、彼にはそれしかできなかったのだ。
見せかけで魔力を高めることはできるが、それを己の領分である光属性の導力に変換した途端、自身の身が焼かれることを知っているのだ。
「ハッ、馬鹿げたもんだねぇ。何があったかは知らないけど、その程度で勝てると思われちゃあ心外さ!」
アカリは人ならざる動作で真横に移動し、彼の突進を軽く躱してみせた。
「(方向の切り替えや足の動作がなかったにもかかわらず、この女……)」
軌道が探れる分、テレポートというよりはスライド移動というべきであろう。
ただ、その奇妙な動き方には善大王も見覚えがあった。だからこそ、驚きはこの一回、一瞬で留まる。
「術も使えないってわけかい」
「依頼人がヤバイ相手じゃなければ、俺も抵抗はしないんだがな」
そう言いながら、善大王は再度接近し、蹴りで赤髪の女性に攻撃を放つ。
「そりゃあんたの匙加減さ。こっちが口にした途端、それはダメだと言ったら解決さね」
「善良な王を目指してこなかったが、そこまで疑われるようなことはやってこなかったつもりだが?」
「子供を襲っておいてよく言うねぇ」
迫ってきた靴先を完全に見切り、アカリは紙一重でこれを回避した。やはりというべきか、この回避動作でさえ足の動きは乏しい。
「(元暗部の人間か。シナヴァリアと組み手をしてなけりゃ、この戦い方には翻弄されていただろうな)」
彼の格闘戦技術は、生来のものではない。荒削りながらも、表の世界で戦い抜けるだけの技術は冒険者時代に身につけ、歴戦の格闘家と渡り合うような技法はシナヴァリアとの手合わせの中で獲得した。
ここまでの戦い方は前者のもの。故に、最初から足払いを狙っていたのだが、アカリはその隙を僅かにもみせなかった。
これは鬼教官と呼ばれていた者と、個人的な練習試合をしていた時と同じ展開。既存の戦術が全く通用せず、体力をひたすらに奪われたという状況の再現だった。
「(皮肉なもんだねぇ。こいつは先輩と仲が良かったみたいだけど、その実力は知らなかったと見えるよ)」
ある意味、仕事人の戦い方は相手を調べる為のものだった。
この者にシナヴァリア流が──自分にとって最も使い慣れた戦闘様式を使用できるのか、宰相が善大王をどのように扱っていたのか。
これまでの打ち合いで、彼女は調査項目を埋め終わり、相手を読み切った。




