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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
787/1603

14

 ──水の国、ライオネル領内の村、クロア……。


 あれから数日が過ぎたが、村に誰かが戻ってくる気配はなかった。

 もし戻ってきたところで、フィアはそれを追い払っていたことだろう。


 そういう事情もあり、彼女は善大王と一つ屋根の下で暮らし始めていた。いや、泊まっていたというべきだろうか。


「ライト、ご飯ができるよ」

「……そうか」


 経過した日数は微々たるものだが、善大王の体調は日を追う毎に悪くなっていった。

 幸いだったのは、彼が優秀な光属性の術者だったことである。自身の身であるからして、この侵蝕を意図的に遅らせることは、決して不可能なことではなかったのだ。

 ただし、それでも時間制限は確実に存在している。彼の四肢は既にアンデッドの特徴とされる、灰色じみた肌に変わりはじめ、爪などは肉食獣のそれを思わせる鋭さを帯びていた。


「(もってあと三日……いや、二日くらいか)」


 彼は死期──もう死んでいるのだが──を悟り、それでも取り乱したりはしなかった。

 善大王がこうして生きながらえているのは、フィアが彼を受け入れたからに他ならない。もしも彼女が懇願しなければ、早急な介錯(かいしゃく)要求をしていたことだろう。


「(こんなことをして時間を潰すべきでもないんだが、だからといって……フィアを見捨てられないしな)」


 ただ、彼は感情論だけで全てを投げ出すような、世を考えない無責任な男ではない。

 意識がある間に、と今後の予定を記した書物を用意し、フィアの道しるべとすることを計画していた。

 かなり不足ではあるが、彼女以外に自分の仕事を任せられる者はいない、そう確信していたのだろう。


「ライト?」

「あ、ああ……今すぐに行く」


 二度目の呼び出しで、彼はようやく応じた。

 書き掛けの日記をそのままにし、食卓へと足を運ぶ。


「ライトの為にいっぱい作ったよ」

「……ありがとう」


 礼を述べながらも、彼は食事に手をつけようとはしなかった。

 それはかつてのフィアが作るような、所謂(いわゆる)粗悪な食事というわけでもなく、むしろ少女が作ったにしては上等な仕上がりだった。

 にもかかわらず、彼は食べない。いや、食べられなかったのだ。


「調子が悪いの?」

「ああ、どうにも腹が減っていなくてな」

「毒とか入ってないよ?」

「そりゃ分かるさ」


 これもまた、アンデッド化の症状だった。そこに空腹感が生まれる余地はなく、性欲でさえ皆無という状態だ。

 ただし、全ての欲望が消え去ったわけではない。彼が唯一抱く欲望は──。


「ライト? えっちなのはやだよ?」

「……」

「どしたの?」

「……ああ、悪い、どうにもな」


 適当な言葉でごまかしたが、彼は自分の欲求を抑えられないことに気付いた。そして、分かってしまったからには、同じ場所には居られない。

 席を立った瞬間、フィアは彼の手を掴んだ。


「……血が欲しいの?」

「フィアにはお見通しか。ハッハッハ」


 笑ってはいるが、かなり無理をしているらしく、作り笑いであることがフィアにも分かるほどだった。


「私のでいいなら──」

「バカ言え、俺は吸血鬼じゃないんだぞ。連中なら都合よく血だけを吸い取れるかもしれないが、俺にゃ無理だ」


 そう、これこそがアンデッド最大の問題点だった。

 彼らは吸血鬼の如くに吸血欲求(・・・・)を持つ。とはいえ、器官が別物であるということからして、その欲求を満たすのは容易ではないのだ。


 それを行う為の唯一の方法、それは──人間を食い散らすこと。

 無論、流血を誘発することで体外に血を出すことは可能だが、それでは何の意味もないのだ。


「にしても、厄介なもんだな……吸血鬼が血を吸うのは力の補給と聞いていたが、それが人間にも起きるなんてな」

「……体質はほとんど同じだから、仕方ないよ。負の力はこの世界じゃ弱まっちゃうから」

「ってことは、魔物が変な雲を出しているから進行が遅くなってるのか?」

「それもあるかもだけど……」


 そう、吸血鬼は魔物に近い存在なのだ。故に、日の下では活動能力が著しく低下する。

 ただし、この世界は謂わば《正》の世界である。いくら直射日光を浴びなかったとして、消費は静かに、そして着実に行われていく。

 これを補うのが吸血行為なのだ。生命エネルギーを他の生物──特に効率のよい人間から吸い出すことで、不足分を補っていく。


 この効率的というところが問題であり、過去より吸血鬼は人間を優先的に襲うとされ、生き血を本能的に欲しがるのだ。

 理性を獲得した吸血鬼ならばまだしも、本能が全てを支配するアンデッドになり果てれば、間違いなく人間を食い殺すことになる。


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