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二人は黙ったまま、ベッドに腰掛けていた。
「(このおっさん……もしかして、あたしを抱きにきたのかねぇ)」
ずいぶんと浮いた考えだが、あのような態度で押し入ったにもかかわらず、彼はなにを口にするでもなく黙りを決め込んでいた。
「あの坊やから聞いたのかい?」
「いや、受付で聞いてきた」
「……ふぅーん」
情報を漏らすなど、ひどい管理状態のように感じるが、冒険者ギルドはそれを要求するだけの権利を握っていた。
それを成り立たせているのは《掃除烏》の活躍もあるのだが、最たるはサイガー主導で行われた革新によるものだろう。
火の国では首都重視、民軽視の方針が顕著に現れているが、それは水の国でも少なからず行われていることだった。
その圧倒的国土がもたらした必然だが、正規軍を全て投入したところで、国土全域をカバーすることはできない。
それは以前より問題になっており、既に滅ぼされた町村さえも存在するという状況だ。
しかし、件の首都防衛戦以降、ギルドは冒険者を広範囲に展開し、軍の成し得なかった治安維持を代行したのだ。
これによって、冒険者ギルドは水の国内での影響力を高め、調査権などの権利を獲得した。無論、これは国家公認のものではなく、民が自主的に従っているだけに過ぎない。
閑話休題、アカリは厄介な壮年男性を追い出すべく、攻勢に転じた。
「なら出てっとくれ」
「……抱けばそれで満足か?」
「はぁ? おっさんの相手はもう飽き飽きさ」
「なら、問題ねぇだろうが。お前は闇の国と連んでいた奴だ、ギルド権限で店主から了承は取っている」
「ははぁ、治安維持の一環ってことですかい?」
切断者はなにも答えなかった。
「なら、明日にしてくれないかい? あたしゃもう寝るよ」
「雷の国の姫を護衛していた、というのは事実か?」
「もちろん」
「なら、お前は雷の国についているということか?」
仕事人は僅かに迷った。
面倒事を避けるのであれば、肯定するのが最善だった。だが、彼女は自身の在り方を鑑み、嘘をつくことを是としなかった。
「あたしゃ流れ者さ。一時的に力を貸すことはあっても、どこかの犬になるつもりはないね」
「ならば、奴らの前で口にした内容は嘘だった、と考えていいのか?」
「ま、そういうことさね。っても、雷の国に手を貸していたのは事実だけど」
「ノーブルが引退した、というのは事実か」
「そっちを偽り意味はないっしょ」
茶化した言いようだったのは気に障ったのか、ウルスは静かな憤りを滲ませた。
「ほんとにほんと。あのチビっ子も言ってたじゃないかい、光の国で会ったって。その時に確認したけど、もう別の人が宰相やってたって話さ」
「……なるほどな、もう年か」
ウルスは時の流れを如実に感じていた。
「宰相の火打ち石の名に覚えはあるか?」
「聞いたこともないねぇ」
「……なるほどな」
彼はようやく、自分が追われる身ではなくなったことを悟った。
「なにさ、さっきから」
「俺はかつて、暗部に所属していた」
「……なんで生きているんだい?」
「お前こそ、暗部から抜けたんじゃないのか?」
二人は黙り込んだ。
その理由は単純明快。二人とも、逃亡した同僚の始末を経験しているからだ。故に、暗部からは逃れられず、永遠に追われるものだと考えていたからだ。
ウルスの方については、長年逃げ延びた老兵を消した経験があるからこそ、自身もその例外ではないと考えていた。
確実に殺されるはずの脱退者が、ここに二名も生き延び──そして、それなりに活躍している。これは想像以上に衝撃的な邂逅だった。
「暗部は、変わったのか」
「……あたしが知っている限り、おっさんの時代と変わっちゃいないよ。逃げた人間は殺される」
「なら、ノーブル様が手を打ってくれた、ということか」
この言葉を聞き、アカリは一つの確信を得た。
「おっさんは爺さんとどんな関係だったんだい?」
「俺を拾ってくれた人だ。そして、俺に技術を叩き込んだ人だ」
その二つの役割を、彼女の場合は別々の人間が請け負っていた。
彼女を救い出した先代善大王、そして現宰相であるシナヴァリア。
 




