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──夜、宿屋の一室にて……。
「ったく、ツイてないねぇ」
アカリはベッドに横になり、天井をじーっと眺めていた。
「(合同作戦には巫女が投入される──ってことは、闇の国も出してくるはず。あのお嬢ちゃんや将軍様が出てくるようなことになれば、三国同盟でも勝てるか分からんね)」
彼女が情報を握っているのは不自然に思えるかもしれないが、これは正規の方法で入手した綺麗な情報だ。
連絡を寄越したのは、当然のようにラグーン王である。
裏切りに近い行為を取った彼女に再度依頼をするなど、お人好しどころか学習できない白痴のように感じるものだろう。だが、彼は仮にも国を治める王だ。
要求内容は簡単だ。ライカ不在の間、首都の防衛に当たれ──というもの。
実のところ、警備軍はかなりの戦力をこの決戦に裂いており、戦力の不足は各国の比ではない。そうなってしまった最たる要因は、間違いなくフォルティス王だろう。
彼は正規軍の大半をこの決戦に用いることにし、自国の防衛を自身を含めた侵攻部隊でまかなおうとしているのだ。
大国がここまでやったとなると、同盟関係のあるラグーンとて逃げ足を用意した采配はできない──ということが、かの三国会談の際に取り決められたのだ。
かくして、防衛力不足を補う戦力は喉から手が出るほど欲しいということもありアカリという危険な人物を登用するに至ったのだ。
つまり、彼女が海上に出る危険性はなく、この都市で時間を潰す理由もない。ただ偶然、彼らと遭遇してしまったのだ。
「(にしても、よくもまぁあんな戦力が揃ったもんだよ。《選ばれし三柱》が二人に、天属性の術者──ちょっとした軍よりも強いんじゃないかねぇ)」
異端者である彼女としても──いや、異端者であるからこそ、この世界が異常になりつつあることを過敏に察知していた。
本来、力というものは権威のもとに集う。《選ばれし三柱》も本来は歴史の表舞台には立たない為、このパワーバランスは崩れるものではないのだ。
だが、仕事人は多くの人間と関わることで、こうしたバランスが崩壊していることを如実に感じていたのだ。
宝具コレクターの富豪、王家以上に資質を持つ領主、強者を抱える冒険者ギルド。そのすべてが戦争という一つの現象により、大きな変化を迎えていたのだ。
「……それで言えば、無所属でここまでやらかしてるあたしも相当な異常かね」
自嘲気味に笑うと、アカリは目を閉じた。
「(もし、あの人がいたらどうなっていたんだろう……こうなる前に、防ぐことができたのかな)」
それはもはや瞼の裏での存在でしかなく、時を追うごとに姿は薄れていく。
白い法衣と優しい笑顔、悪意や欲望とは縁のない──善人そのものという男。彼女の初恋の人物。
どれだけ時が過ぎても、彼女の中からそれが消えることはなかった。もし、その姿を思い出せなくなる時が来たとしても、心の奥底に残り続けるのだろう。
彼女の安らぎを遮るように、ドアを叩く音が静かな部屋に響き、過去に遡行しつつあった意識は現実に引き戻された。
「(まさか、あの術者の子が?)」
それ以外に、この部屋を訪ねてくる者がいるはずもなかった。軽い冗談とはいえ、彼女はクオークに部屋番号を囁いていたのだ。
「(ちょっとからかっただけなんだけどねぇ……ま、たまにゃ若いのも悪くはな──)」
ノックの音が変化した。それだけで、夜の来訪者が想定した者ではないと判断できた。
「まったく、扉を蹴破るつもりかい?」
「さっさと開けろ」
面倒な方が来た、と辟易しながらも、仕事人は扉を開けた。




