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一戦を終えて宿屋に戻ると、ウルスは眉間にしわを寄せた。
「こんなところで会うとは思ってなかったな」
「……はい?」
受付を済ませた女性は声に反応して振り返るが、そこにいた者達を見て顔を青ざめさせた。
「げ、オッサンは……」
「闇の国も逗留中か?」
「ま、まっさかー」
ごまかそうとしているが、内二名が彼女の悪行を知っているだけに、このような言い方では信用しなかった。
そして、もう一人については別口として彼女を認知していた。
「──知り合い?」エルズは問う。
「ああ、闇の国に力を貸してた《火の月》だ」
「いやぁ、その節ははどうも──って、そこのチビっ子はあの時の!」
まるで意趣返しのように、ウルスは魔女に「知り合いか?」と問い返した。
「前に光の国で会ったことがあるわ。確か、ライカ姫の護衛をしていたわ」
「そうそう、そういうことよ。あたしゃ信用があるからねぇ」
彼女はエルズの豹変に追及しなかった。余計なことを言い、状況が悪化することを避けているのだろう。
「ってことは、雷の国はあの件とグルってことか」
「まぁ、それは否定しないでおくよ」
三人はしばらく睨み合っていたが、一人だけ仲間はずれにされていたクオークは冷静さを保ち、ことを客観的に認識することができた。
「あ、あの」
「あァ?」
「なによ」
「あとにしといてくれるとありがたいんだけどねぇ」
早速反撃を受けた術者だったが、エルズという容赦のない毒舌に付き合っていた為か、ここで折れることはなかった。
「あの、ここだと迷惑になるので……別の場所で続きを話しませんか?」
言われてようやく、《選ばれし三柱》達は気付いた。
険悪なムードを察知し、受付の近くにある談話区画から多くの者が集まりだしたことに。
「そう、するか」
アカリは断ることのできる場面であり、かつ関わりたくない面々ではあったはずだが、正々堂々と彼らの提案には応じた。
新たな舞台として選ばれたのは酒場──ではなく、食堂だった。ウルス達からしても、今から話す内容は冒険者に聞かれて、百害あって一利なしなものだったのだ。
なるべく人のいない場所を指定し、席に座ると、アカリが率先して食事を注文し始めた。
「おい」
「デートに誘うんなら、奢るくらいは礼儀じゃないかい?」
「そのつもりはないが」
「そりゃそうだろうさ。あたしを誘うなんて大胆なことをしたのは、そこの坊やなんだからさぁ」
しばらく呆然とした後、クオークは自分を指さし、無言で確認を取った。その流儀に従うように、アカリも笑顔で頷いた。
「……なら仕方ないな。おいクオーク、お前の自腹だ」
「えっ!?」
「軽率な行動の報いね」
それまで追いつめられていたはずの仕事人は愉快に笑い、対岸の火事だったクオークが火傷を負う結果となった。
「──で、どうなんだ」
「太っ腹な奢りに免じて、少しくらいは答えるとするかね。まず、闇の国はここにゃいないよ」
「その証拠は」
「奴らの弱り具合は、オッサンも知ってるんじゃないかい? そんで撤退したはいいものの、どうしようもないって状況になったわけさね」
第五部隊の者達を焼き払ったのは、他でもないウルスであることから、この言葉はまさにその通りという内容だった。
「そんな時さ、奴らの本国から連絡があってねぇ──引き取って向こうに帰って行ったってわけさ」
「説明が短すぎる。もっと具体的に言え」
「そう急かすもんじゃないよ──おっと、料理も来たし、少しくらいは待ちなさいな」




