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「教会?」
「はい」
エルズは眉を寄せた。
「確かに寄ってないけど、よくあんな場所に行く気になったわね」
「情報の為ですから」
まるで腫れ物を扱うような対応だが、これには理由があった。
戦争によって教会の重要度があがったのは、なにも光の国に限った話ではない。
冒険者や軍人など、力を持った人間はそこまで変わりないが、抵抗する力のない民の多くは教会を拠り所としていたのだ。
それだけであれば心が弱りそうな場所、という認識程度でとどまるのだが、実状は想像する以上に悲惨なものだった。
「それで、各地での状況はどうなんだ」
「……聞く限りは、どこも規模はおおよそ同等かと思われます」
「同等? どこが特に強いとかはないの?」
「はい。人によって影響の差こそあれ、圧力で人が破裂したなどの例は聞いていません」
初耳の二人は顔を見合わせ、訝しそうに考察を開始した。
「大陸が一番強かった、ということでもないのね」
「距離によっての影響差はない、ってことだろうな。だとすると、あれを起こした奴は世界全体を効果範囲とする──正真正銘の化け物だ」
「まさか、そんな広範囲の術なんて聞いたことがないわ。《秘術》にしたって、効果範囲は広くても村一つくらいのものでしょ?」
「……そのはずだ。俺が知っている限り、《星》だってこんな大規模な術は使えないはずだ」
《星》という単語が出た途端、エルズの脳裏にはライムの姿が過ぎった。
「《闇の星》が行った、っていう可能性はないかしら」
「どうだろうな。確かに敵国の巫女っていう時点で怪しいが、一度も戦場に出てこないような奴が、ここまでのことをするとは思えない」
「たしかに、あんなことができるなら最初に使いますよね。魔物に対応できていない時期に、それも戦いの最中にやられたら、どうしようもならなかったですよ」
「──戦いの最中?」
魔女の反応は高確率でクオークを謗るものであるからか、青年冒険者は自分よりも年下の少女の言葉に怯えた。
「も、もしもの話ですよ」
「あの時、どこかで大規模な戦いは起きていたかしら?」
「えっ?」
「なるほど。もし、闇の国の意図で行われたのであれば……」
「戦いに合わせてくる……ってことですか?」
ウルスは頷き、記憶を遡るべく、目を閉じた。
「もし戦いがあれば、そこが敵にとって重要な場所かもしれないわ」
「あ、あの」
「なに? 口を出すなら考えてからにしてくれない?」
「いや、あの……どうにも、闇の国でもこれと同じ現象が起きていたみたいで」
予期せぬ言葉に、エルズは固まった。
「闇の国からしても教会は大事らしく、連絡も取れる状態と……」
「それを最初に言うべきじゃないかしら?」
「す、すみません!」
子供に頭を下げる元精鋭兵という絵は非常に滑稽で、魔導二課の先輩であるウルスとしてはなかなかに複雑な心境だった。
「というか、よくそんな話を聞けたな」
「はい。言い値を出したら教えてくれました」
魔女は──いや、《カルマ騎士隊》財務担当は恐ろしい形相で発言者を睨みつけた。
「いくら支払ったのよ」
「金貨二十枚ほど……」
「はぁぁぁ? なんでそんなに支払っているのよ」
「じょ、情報収集ということで……それに、武器を買うのと同じくらいじゃないですか!」
ここに来て、クオークはついに反撃を仕掛けた。
彼は一度、フォルティスで武器を買おうとしたのだが、その値段が異様に高かったことで断念していた。
ここで武器が出たのも、その時の驚きが影響しているのだろう。
「武器は一生モノだから高いのよ! それに、首都なんかで買おうとするからあんな値段をふっかけられるのよ」
「な、なんでそれを!?」
「無駄遣いを抑えるのがエルズの仕事よ。それに、今武器は関係ないでしょ?」
「そ、それは……パーティとしての必要経費のたとえで……」
自分の心を読める者は世界に一人しかいないと高を括っていただけに、この展開は彼としても予想外だった。
「そこまで責めてやるな。それに、いいじゃねえかそれくらい」
「それくらいって──」
「渡り鳥と違って、俺達は金だけはしっかりもらってるわけだしな」
エルズは頬を膨らませ、そっぽ向いた。
しかし、ウルスの言うとおりだった。彼らは冒険者ギルド最強のパーティであると同時に、かなりの大金持ちだった。
収入を重視しないティアと違い、ウルスは報酬にがめつかった。活躍する度にギルドから多額の対価を受け取り、英雄的な扱いに相応しい富を手に入れていたのだ。
ただ、がめついというのは渡り鳥との対比であり、彼らの取り分は法外というわけではない。むしろ、武勲が冒険者規模ではないことが異常なのだ。
そういう事情があり、クオークの支払った額はパーティにとって痛手にならないものだった。
「どうにも落ち着かないのよ」
「開き直るのが楽しく生きるコツだ。そりゃお前も理解していることじゃねぇか?」
自ら泥を被っていた《カルマ騎士隊》時代。
そして、ティアという光を失って魔女らしく振る舞う今。どちらにしても、彼女は二つ名が示す通りの態度を取っていた。




