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近くの山を登り、フィアはある地点に到達した時点で空を眺める。
天は橙色に染まりだし、遠くに見える首都には光が灯り始めていた。エネルギーが無尽蔵にあるだけあり、早い時間から明かりを使えるのだ。
「明日にまでは見つけないと!」
休憩しようとしていたが、善大王のことを思い出してか、フィアは奮起して歩きだした。
汗が額をつたり、金色の髪を湿らせる。白い肌は僅かに紅潮し、疲れから息は乱れ出す。
「(絶対、ライトと仲直りするんだから……絶対に……)」
刹那、フィアの脳裏で手を差し伸べてくる、今よりも若い善大王の姿が映り込んだ。
「(私を助けてくれたのは、他でもない。ライトなんだから……だから、私だって)」
何度も願い続けた再会。出会えた人が変わっていたとしても、フィアからすれば喜ばしいことだったのだろう。
歩き、進み、走り、転げながらも走り続ける。どこにあるかは大体しか分からない、それでも彼女は一度触れた手を求めるように、無我夢中で走った。
疲れ果て、地面に座りこむ。夕日すらも沈み、周囲は薄暗くなりはじめていた。
フィアは一度呼吸を置いた後、《魔導式》を展開する。
踵で地面を叩き、術を起動した。それと同時に橙色の球体が出現し、周囲が明るくなる。天ノ二番・晴だ。
「はぁっ……まだ、見つからないのかな」
エターナルフラワーは枯れることがない花だ。マナの量が多い土地に少しだけ存在している希少種、ということで高値取引されている。
枯れない理由は栄養の代わりにマナを吸収しているからであり、花の大半をマナが占めるようになっているからだ。
そして、今フィアが探しているのはエターナルフラワーの中でも、光属性のマナを吸った種類。別名、エターナルグロウだ。
それは光マナを吸っているからこそ、発光能力を有している。つまり、暗闇の中でも見つけられるのだ。
フィアとしては一日かけてでも見つけ出し、それを使って善大王と仲直りしようという目論見だ。花言葉などはないので、文字通り話す理由としての要素しかない。
一度呼吸を整え、フィアは自分の身に纏っている服を検めた。
善大王から貰った服。自分と善大王を繋ぐ、唯一といってもいいもの。
フィアは服を軽く抱き、善大王の温もりを求めた。もちろん、無機物の服がそれに応えるわけがない。
ゆっくりと立ち上がり、フィアは再び歩き出そうとした。
「よし、絶対に見つけて――」
瞬間、天地が逆転する。
「えっ」
しかし、それはフィアだけに起きている現象。実際は、フィアが蔓で吊りあげられ、逆さまになっていたのだ。
「(やっちゃった……《星霊》に気付けなかった)」
《魔導式》を展開しようとするが、予想を上回る疲労、善大王との不仲で生まれた心の不安定感が影響し、構築していく速度が低下していた。
それだけならばまだ良かったのだが、フィアは違和感を覚えた。それに合わせて《魔導式》は自壊する。
「(力が……吸われている?)」
一度目を閉じたフィアは冷静になり、自分の吊り下げているのが、ソルプラントだということに気付いた。
火の国で言うヘルドラゴ、《風の大山脈》で言う風翼獣。所謂《星霊》の中でも上位に入ってくる種だ。
ハエトリグサのような顔を持ち、無数の蔓が茎のような体から伸びている。
栄養は光属性マナであり、主となる補給源は太陽の光と地面から吸い上げる栄養だ。生物というよりかは植物に近い生態だが、一応は生物として認識されている。
その知識を即席で頭に叩きこんだフィアだが、状況がまずいことに気付いた。
体内にあるソウルを吸いこむスピードがあまりにも早すぎる。巫女であるからして、力が尽きることはまずあり得ないが、体内が著しい変化に襲われているので安定が得られない。
《魔導式》は熟練の使い手でも少しは集中しなければならない。意識が乱れれば速度が遅れ、ソウルが揺らめけば構築すら困難になる。
「(このままじゃ、一生……この《星霊》の栄養源になっちゃう)」
大きく深呼吸をしたフィアは脱力した。
この状況を打開する方法は存在していた。ただ、それを取れば、高い代償を支払うこととなる。
「私は絶対、ライトと仲直りする!」
覚悟が決まった瞬間、フィアの体から橙色の光が放たれた。
途端、フィアは奇妙な感覚を覚える。異質な浮遊感、まるで宙に浮いているかのような。
「……って、落ちてる!?」
地面を見たフィアは卒倒しかける。ソウルも未だに安定しきっていない、《魔技》を発動するだけの機転を働かせることもできない。
恐怖に支配され、目を閉じた瞬間、優しい感覚が彼女の体を包み込んだ。
「悪い、遅れた」
フィアの耳には、ソルプラントの呻きは届いていなかった。




