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──水の国、ライオネル領、クロアにて……。
目を覚ましたフィアは辺りを窺った。
「……ここは」
戦いからそこまで時間は経っていないが、吸血鬼は既にその場を離れていた。
「そうだ! ライトを探さないと」
探しに行こうとした瞬間、彼女は何かに躓いた。
どうにか体勢を維持し、転倒こそ防いだが、彼女は非常に気が立っていた。記憶が飛び飛びになっている状況だが、それでも精神的ストレスは内在しているのだ。
「もーっ! 一体なにに……」
足下を確認すると、そこには善大王が倒れていた。
「ラ、ライト!? ご、ごめんね」
反応はない。
「ライト? ねぇ、起きてよ」
何度呼び掛けても、彼は答えなかった。
「……そういえば、ライトはアンデッドになってるって──アンデッド?」
あの世界での記憶は夢のそれに近いらしく、彼女は今に至るまですっかり忘れていた。
しかし、思い出してしまえば大きな問題ではない。彼女にはそれを調べる力があるのだから。
「ライト、待っててね。絶対に治して見せるから」
瞳に虹色の光が宿ると同時に、彼女は世界の情報に触れる。
「(吸血鬼に血を吸われた者が変異する存在……凶暴……知能もない……違う! これじゃない)」
相当なペースで読み飛ばしをしていき、彼女は具体的な解決方法を探ろうとした。
「(吸血鬼に浸食されることで発生する……負の力の浸食?)」
ここで再び、ライムとの会話が彼女の記憶と繋がった。
「(体内の負の力を焼却すれば……元に戻る? でも、そんなことをしたらライトの体は──)」
冷静さを失っていたフィアは気付かなかったが、今の彼女ならばそれを理解することも可能だった。
光属性は正の力の性質を最も強く持っているからこそ、それによって負の力を取り除くことは確かに可能だった。事実、吸血鬼トニーもそれを恐れていた。
しかし、彼の例からみても分かるとおり、不要な要素だけを除去することはできない。それ自体が破壊力を持つ術である以上、焼却作業中に対象が死亡するのが関の山だ。
そんなことはライムも勿論知っていただろう。ただ、あの場で賭けだの危険だの言おうものなら、フィアは聞く耳を持たなかったに違いない。
「……フィア?」
「えっ?」
その声は確かに善大王のものだった。
ただそれだけで彼女は嬉しくなり、息を吹き返した恋人に抱きつこうとする。だが……。
「近づくな」
「ライト、なんで……」
「たぶん、俺はあいつの攻撃を食らったんだろ?」
「う、うん」
「なるほど、やはりそうか」
彼の声は妙に落ち着いており、自分が死の淵に立っていることを知らないような余裕が感じられた。
「やはり、って?」
「いや、妙に痛みがないと思ってな。こりゃアンデッド化の症状だ」
彼は自分の状態を理解していた。それはつまり、死が訪れることをも承知ということだ。
「ライト……ごめん」
「もとより死ぬ覚悟はできていたし、こうして話せるだけまだマシだ」
「でもっ!」
「遺言を告げる時間があるってのは悪くない。俺の言葉を聞き終わったら焼却してくれ」
「焼却なんて……ライトはまだ生きているんだよ」
そう言われた途端、善大王は笑った。そして、自分の左手を見せた。
その手は血の気が抜けた白というよりも、別の物質に変わっているかのような──灰色に近い色だった。
「幸い、ひどいのはここくらいらしい。っても、アンデッドになってることは間違いないし、近づくもんじゃないぞ」
「……なんで」
「なんで怖くないの? ってことか? そりゃ知っているからだな。その覚悟ができていれば、少しくらいは恐怖も抑えられる」
「……」
「じゃ、とりあえず暴れる前に早めに遺言伝えておくぞ。忘れないように──」
危険だと言われたにもかかわらず、フィアは彼を抱きしめていた。醜い姿になろうとしている男に対して──既に死が確定している男に対して。
「フィア、ごめんな」
「……それは、私のセリフだよ」
彼女はもう、覚悟を決めていた。
善大王がどんな姿に変わり果てたとしても、絶対に彼の傍から離れない、と。
それは白馬の王子様に憧れ続けた彼女からは考えられない、姿に囚われない真の愛の姿だった。




