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地面に寝っ転がったフィアは、当時以上にだらしない格好で怠惰さを最大限に表現していた。
「……フィアちゃん?」
「出てってよ」
「いえ、わたくしとしましては、フィアちゃんに起きていただきたいのですが」
「やだ、面倒くさい」
ライムは《魔導式》を展開しようとするが、主が戻ったことで法則が正常化されたらしく、導力の放出さえ行えなくなっていた。
こうなってしまうと、もはや彼女がどうにかできる問題ではなかった。
「善大王様が殺されたのであれば、仇を討つのが──」
「うるさい! 出てって!」
「憎くありませんの? 復讐しなくていいんですの?」
「知らないもん。そんなの知らないもん」
精神操作に特化し、相手を操ることさえ容易く行う《闇の星》だが、ここまで聞く気のない者には無力だった。
「(善大王様の気苦労が知れますわ……)」
単細胞のライカ、天性の引きこもりフィア、二人の二大巨塔は策略を巡らせるライムすらも翻弄している。
ある意味、こうした駄目人間──二人とも方向性は違うが──というのは、どんな者よりも強いのかもしれない。
「……はぁ、フィアちゃんにいい話がありますわ」
「帰って」
「善大王様はまだ死亡していませんわ」
それまで聞く耳を持たなかったフィアだが、都合のいい話題が来たと同時に聴力機能が回復したかのように、ライムの方を見た。
「やっぱりね。ライトが死ぬわけないもん」
「ですが、危険な状態です」
「出てって」
どうにも、不都合な事実だけは聞きたくないらしい。典型的なヒステリー──攻撃性こそないが──の症状だ。
ライムもこれは知っていたらしく、自分の発言を改めた。
「フィアちゃんだけが、善大王様を助けることができますわ」
「私だけが?」
「ええ、善大王様を助ける機会ですわ」
「うん……うん!」
「善大王様を襲ったのは吸血鬼ですわ。その状況を教えてくださいます?」
「ライトが噛まれたの」
ずいぶんと簡単な説明だが、彼女にとってはそれだけで十分だった。
「でしたら、アンデッドとなっている可能性が高いかと」
「どうしたらいいの?」
《天の星》の力があるのだから自分で調べろ、と言いたげな表情をしたが、ライムは咳払いをしてから丁寧に語り始めた。
きっと、突き放した態度を取ろうものならすぐさま引きこもりモードに戻る、と察しての対応なのだろう。良くも悪くも、ライムは状況の変化に柔軟らしい。
「天ノ百十四番・太陽陣を使ってくださいまし」
「……人に当てて大丈夫なの?」
「(どうにか判断能力を取り戻しはじめていただけたようで……)」
阿呆の相手を二連続でさせられることになった為か、彼女は明らかに疲弊し始めていた。
「大丈夫ですわ」
「うん、分かったよ。じゃあ試してみるの」
「はい、がんばってくださいまし」
コクッと頷くと、フィアの姿が消滅した。
周囲は依然として荒涼としているが、それでもフィアが立ち直り始めていたのは確かだった。
「……こうした対応は、問題を起こした本人に行っていただきたいものですわ」
誰もいない空間でそう言うと、フィアに続くように彼女も姿を消した。




