21χ
──火の国、カーディナルにて……。
「なんだ、今のは」
黒は唖然としながらも、そう言った。
「フィアちゃんが怒ってしまったようですわ」
「……天の巫女が? だが、奴にこんな力があるなんて聞いてねぇぞ」
「ええ、わたくしも驚いていますのよ」
そう言いながらも、ライムは落ち着いた様子で紅茶を口にした。
「おい白、どうなってンだ」
「私にも分かりません。ですが、魔物以上に危険な存在だとは思います」
「……ったく、トニーの奴はなにしてやがンだ」
三人は落ち着きを取り戻したのか、いつものような様子に戻っていた。
「おい、テメェらもさっさと起きやがれ」
床に倒れていたのは、この都市の次期領主であるアリトだった。
椅子からずり落ちこそしていないが、キリクも胸を抑え、未だに会話できる状態ではない。
フィアがもたらした異常現象は、遠く離れたカーディナルの地にまで影響を及ぼしていた。
そして、その干渉は《選ばれし三柱》の命さえも奪いかねない、恐るべきものだった。
「クソガキ、テメェは事情を知ってるみてぇじゃねぇか。さっさと言え」
「あら、わたくしの言葉は戯言と思われたのでは?」
「……あいつらがあの様子だ。しばらくは話も進まねぇンだから、少しくらいは聞いてやる」
「力の根元はフィアちゃんで間違いありませんわ」
もとより話す気だったかのように、ライムは前口上を省いた。
「その根拠はなんだ」
「あの感触が、昔のフィアちゃんを思い出させるから──という返答で十分でして?」
「どういうことだ」
「フィアちゃんはずっと昔、《星》の中でも恐れられた存在でしたわ。破滅的で、絶望的で……まるで、誰かが乗り移っていたかのような」
「……《天の星》は神の代行者のはずだ。そんな奴に乗り移ることが可能だとは思えンが」
「いえいえ、これはわたくしの個人的な意見なので。実際はどのような理由だったかは分かりませんわ」
結局は有耶無耶、彼女の話す内容はどこか曖昧さを持ち、具体性を意図的に排除したようなものだった。
白はそれに気づいたらしく、口を挟んだ。
「あの力はなんだったのでしょうか?」
「負の力でしたわ。それも、混じりけのない純粋な」
「……導力ではないようですが」
「ええ、わたくしも負の力としか表現できませんわ。ソウルでも導力でも、魔力でさえない──純粋な何らかのエネルギー、という認識で十分ではなくて?」
「親父のあれと同種のものか?」
善大王とは違い、ダークメアは幾度も《皇の力》を利用していた。組織内で使用されることもあった為に、黒はその力の正体を察していたのだ。
「善大王は正エネルギー、親父のは負のエネルギーを放出する。だとすれば、それと同じものと考えてもいいのか?」
「明確には違うものと思われますわ。それはあの効果からも分かることかと」
善の象徴、悪の象徴とされる《皇》以上にその力を行使するものがいるはずもない、と彼女は言っていたのだ。
「なら、さっさと消しちまう方がいいってことか」
「しばらく様子を見たほうがよろしいかと」
「あァ? オレに指図するつもりかァ?」
「警告……いえ、注意喚起ですわね。少なくとも、先ほどの干渉は何者かによって阻止されたと見えますわ。ですが、その直後に刺激しようものなら、再び暴走してしまうかと」
これには黒も反論しなかった。
いくら彼が凶暴な性格だとしても、自分を蝕んだ力を過小評価するほどに盲目ではない。
「あのガキには手を出すな、ってことか? お友達ごっこじゃねえンだぞ」
「少なくとも、いまはその時期ではないということですわ」
飄々としたライムは軽く躱すばかりで、やはり真実を語ろうとはしなかった。
「なら、何者かってのは誰だ? 口振りからするに、知ってンだろ?」
「……世界の破滅が不都合となる人、ですわね」
「ハン、そんな奴がいるなら会ってみてぇもンだな。オレ達に楯突けねぇような利口な奴だろうがな」
「そうとも言い切れませんのよ? ……ただ、助平ではあるかもしれませんわね」




