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「うん、おいしい」
フィアは小声で呟き、お菓子を腹にかっこんでいった。
空腹を紛らせるには少し不足だが、それでも何もないよりはマシと、次々と注文を付けていった。
男は嫌な顔一つ見せず、お菓子を取り出し、それをフィアの前に出していく。
「(しばらくここに潜伏するのもいいかも。ライトが迎えに来るまでは絶対に帰らないんだから)」
怒り気味にお菓子を食べていると、急にフィアの意識が揺らめいた。
「あれ……なんか」
あまりにも強い眠気に耐えられず、フィアは机に突っ伏す。
「やっと、眠ったかぁ……」
男はいやらしい顔をし、フィアの髪に触れた。
「前の子は壊しちゃったし、この子は大事に扱わないとなぁ……」
この男は過去に、何人もの少女を誘拐し、監禁していたらしい。
普通であれば探知式に引っかかって気付かれるのだが、彼の場合は自宅の敷地が広いこともあり、探知無効化の式を上書きで刻んでいるのだ。
そんな方法があれば誰もが使っているのではないか、と思うかもしれないが、彼の場合は例外的と言える。
彼の父親は国に仕えている探知式管理部門の人間だ。
探知式を管理する人間は決していい身分ではない。悪い身分でもないのだが、だからこそこのように中途半端に豊かで、良識をもっていない人間が悪用する。
獲物を前にして舌舐めずりをするように、男は頬を緩ませ、フィアの体に触れようとした。
「……やっぱり、いい人なんていないんだ」
フィアは平然と目を覚ました。それを見て平静を装えるはずもなく、男は明らかに狼狽しだす。
「毒素を抜くなんて、《魔技》を少し学べが十分にできるわ」
なお、彼女の場合は巫女としての能力を使い、マナで毒を無力化したのだが。それでも、空腹をどうにかする為に敢えて罠にかかったともいえる。
「い、いや……僕はただ、間違えて」
「八才、五才、十才……合っている?」
それを言われ、男は顔を青ざめさせた。
フィアが口したのは、いままで彼が手を出してきた少女の年齢だ。しかも、順番まで的中している。
「ゆ、ゆるしてくれよぉ……僕は悪気があったわけじゃ」
刹那、鋭い光線が彼の腕を弾き飛ばした。
「《魔導式》を隠したいなら魔力を制限しなさい、それでも私は見逃さないけど」
腕を吹き飛ばされたという事実に驚愕し、痛みに呻きながら地面でのたうちまわる男を一瞥し、フィアは部屋を出ていった。
「はぁ、やっぱり……ライトじゃないと駄目かも。謝った方が……いいのかな」
彼女は人間の醜い部分を多く見てきた。だからこそ、善大王に対して恋慕の感情を抱いている。
ただ一度見た眩しい光に当てられ、それを忘れられないでいる。良くも悪くも、子供だった。
「そうだ! エターナルフラワーを見つけて、それをプレゼントして仲直りしよ! うん、それならできるかも」
目的を定めた途端、フィアは壁に寄りかかり、目を閉じた。
脳裏に幾多の情報が巡り、電気信号のように体を走り、彼女しか認識できない文字となって羅列される。
「……山?」
土地の座標などを知覚していき、最終的に出た答えがそれだった。
笑みを浮かべると、フィアは《魔導式》を展開し、屋敷の壁を術で打ち抜いた。
彼女はやはり子供だった。そして、常識を欠如していた。
煙が立ち込め、人が集まってきているにもかかわらず、彼女は何食わぬ顔でそれらを抜けていく。
善大王と仲直りできる唯一の方法、エターナルフラワーを取りに行く為に。