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神器を握りながらも、彼は意識を保っていた。そして、悪意ではなく、揺らぎのない精神で吸血鬼を睨む。
「退くか? それとも、ここで戦うか」
「……こちらに逃げる手があるとでも?」
「逃げるっていうなら、逃してやってもいいぞ」
トニーは笑い、「なるほど、《皇の力》での制御にも限りはあるようだな」と言い放った。
「生憎、この力は導力をそこまで食わないもんでね。つき合ってくれるなら、二日くらいは徹夜してもいいぜ」
「善大王が打算抜きで見逃すものか。長期戦になればただでは済まない──いや、暴走の恐怖が皆無ではないというだけか」
これに関しては吸血鬼が一歩先を行っていた。
事実、善大王は身を蝕まれる感触を覚えており、それが錯覚かどうかさえ区別がついていないのだ。
そして、神器を奪ったところで身体能力の差は覆ってはおらず、反応できなければ意味がない。
「……口八丁じゃ無理ってことか。仕方ないな、なら戦うとするか」
光糸が溶けた瞬間、彼は踏み出した。
本来であれば見切りを優先すべき場面だが、彼は見えないと割り切り、攻撃を浴びせることでの勝利を狙ったのだ。
その判断は間違いではないが、あまりにも無謀だった。
「キレが失われている。その力を発動した影響か?」
咄嗟に剣を盾代わりにしようとしたが、急激な反応が集中力を乱したのか、白い光の出力が弱まった。
「っ……!」
激しい衝突音の後、善大王の体は後方へと吹っ飛ばされ、樹木に叩きつけられた。
凄まじい激痛が体を襲い、意識が揺らぎかける。しかし、彼に痛みを鑑みる暇はなかった。
「まさか……」
激痛を伴うほどの衝撃を受けながらも、剣を手放したりはしなかった。
彼は力を解除してしまったのではないかと危惧したが、刀身には依然として白い光が巻き付いており、発動が維持されていることが一目で分かった。
「(暴走したのかと思ったが、単純に俺の気合いが勝っただけか?)」
楽観視した判断だったが、彼はすぐにそれが間違いだと気付く。
「(いや、さっきの防御は俺の意識じゃなかった。効果が弱まった影響でこいつが……皮肉にも、助けられたってことか)」
《選ばれし三柱》ではないにもかかわらず、彼の分析は真実に肉薄していた。
彼が制御したままでは、間違いなく防御には間に合わなかった。そうなっていれば、彼の体は原型をとどめることもなく、肉の塊となっていたに違いない。
さらに、そんな攻撃の余波を受けながらも剣を離さなかったのは、暴走によって人智を越えた力が加わっていたことが原因だ。
「神器に助けられたか」
「……もしかしたら、相性がいいのかもな」
「笑止。神器が真に選んだ人間であれば、あのようなことは起こりえない」
善大王は強い焦りを覚えていた。トニーに追いつめられたからではない、彼の予想に反した事態が発生していたのだ。
「(奴は神器に依存していないのか? それに──この神器、明らかにただの剣だ。自由自在に動かせる釘、術を封印する手甲、精神を操る仮面……こいつの能力はなんなんだ)」
そう、神器の暴走はたった一つだけだが、利点があるのだ。
それはつまり、所有者でなくとも神器の力を発揮できるということ。今の善大王ではこの神器がどのような能力を持ち、どうすれば発動するのか、それさえ分からないのだ。
使い方が分からなければ、神器とてただの剣と大差ない。いや、浸食を防ぐ為に《皇の力》を維持しなければならない以上、枷に他ならないのだ。




