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このような返答がくるとは思っていなかったのか、トニーは驚いたような顔をした。
「ほう」
「お前達は檻の中の家畜を好き勝手に弄くっているだけだ……まるで神の所業だ」
「そうだとして、それに何の問題があるという。実力主義は君の望むところではないか」
組織の行っていることは、まさしく善大王の望むものと合致していた。
彼はシナヴァリアと同じく、合理主義者である。礼儀などを重んじることもなく、その実力で幾多の困難を突破してきた男だ。
だからこそ、余計な障害や足枷が消えれば今以上に活躍できることだろう。
「確かにな。俺もこの世界は生きづらいと何度も感じたものだ。その点でいえば、組織のやり方に不満はないし、戦争で人類が進化するってのは納得だ」
「……ならば、争う必要もあるまい」
「ああ──とはいかないんだな、これが」
それまで真面目な表情だった善大王だが、ここに来ていつもの軽い調子に戻った。
「俺は戦争を止めるっていうスタンスで頑張ってるんだ。今更目的を変えろっていうのは面倒だろ?」
「面倒……だと?」
「ああ、それに軍門に下ったとしてトップの席はくれないんだろ? ならお前達をぶっ倒した方が良さそうだ」
「……そこまで狂った考えだったか」
「そうか? 人は管理されるべきじゃない! 運命は自分で切り開くものだ! なんて言い訳こねるよりは共感しやすいと思うぞ? それにな、こう見えても俺は《皇》なんだわ」
吸血鬼は指を揃え、臨戦態勢に入った。この場で話し合いは成立しないと判断したのだろう。
「やはり、お前は善大王か」
「さっすがライト!」
「あっ、いや……《皇》って最高権力者だろ? なら今が変わってくれなくてもいいかなーって」
言われてみればその通りなのだが、その考えは権力者の思考そのものだった。
だが、彼の合理的な考えからしてみれば、これは当然のものなのかもしれない。おおよそ善らしくない発言だが、とても彼らしいと言える。
「ライト……それかっこわるいよ」
「だって事実だしなぁ」
「そうだとしても、そこはかっこよく決めてよ! 物語の王子様みたいに!」
「いやいや、俺としても想定していたんだぞ。物語の連中はいっつも綺麗事ばっかり言ってるだろ? だから、こうやって本音で言ってやりたいなぁってな」
こうした真面目な場でも、このような冗談を交える辺りはさすが善大王といったところだろう。
「(吸血鬼に偏見を抱かない思考……組織の側の人間だと思ったが、どうにも読み違えたらしい)」
トニーが命令を優先し、彼を勧誘しようとしたのはこれが全てだと言えるだろう。
彼が考える組織の在り様とは、力によって全てが平等となること。連続した歴史などではなく、その一点で評価されること。
皮肉なことに、彼は善大王にその未来を見いだしたのだろう。
「フィア、来るぞ」
「うん」
刹那、トニーの姿が二人の視界から消えた。
「ライト、上っ!」
「分かった」
能力を発動させたフィアは一歩も動かなかった。
善大王は無駄のない動作で腕を上げ、充填させた導力を上部に向かって放出する。
貫くような閃光が飛び上がった吸血鬼の体に命中した──かに思われた瞬間、彼は猫のように体を捻らせ、これを回避した。
しかし、降下は続いている。吸血鬼であれば、どのような姿勢からでも必殺の一撃を放つことが可能だ。
「死ね」
「俺が吸血鬼を恐れないのは、無知が原因じゃないんだぜ」
鋭い閃光は形を変え、傘のように拡散した。
黄色の光は相合い傘のように二人を守り、トニーはその光を避けるように自分の体を殴りつける。
吸血鬼の拳打から放たれる圧倒的破壊力を推力に変換し、自分の体を無理矢理範囲外へと吹っ飛ばしたのだ。
光の傘はゆっくりと消滅していき、善大王の不敵な笑みが彼の目に映り込む。
「吸血鬼は日光を苦手とする。ただし、それは大昔のこと……今の吸血鬼は対策さえ打てば昼間でも活動ができる──ただし、光属性の導力に直撃すればただじゃ済まないよな」
「くっ……」
「光属性の、それも導力をこんな風に使える俺とは相性最悪だな」
そう、これこそが彼の強さだった。
光での防御は絶対のものではない。トニーが捨て身を取っていれば、あの幕を越えて一人を殺すことができただろう。
しかし、この吸血鬼がそのような無謀な真似をしないと、あの一連の会話から読みとったのだ。
「(組織の事情をあそこまで知っている時点で、こいつは組織内でも上位のはずだ。それに考えもはっきりしている。命令を遂行する為だけに自爆特攻するような能無しじゃないだろうな)」
集団において、中核メンバーの重要度は凄まじく高い。
思想を理解し、その上で行動する者は行動を違えず、想定外の状況に陥ったとしても自分の判断でそれを打開できる。
こうした者を欠いた集団は烏合の衆であり、もはや脅威ではなくなる。そういった意味では、上に立つ者は考えなしに命を散らすことはできないのだ。
そしてなにより、トニーほどの強者であれば賭けなどせず、次の機会まで待てばいい。確実に相手を葬れるタイミングを探り、生きて帰ることこそ真の勝利条件なのだ。
だが、彼は一つだけ嘘をついた。
トニーとの相性がよいというのは計算上の話であり、実際に戦えば抵抗するまでもなく彼は──光属性使いは敗北することだろう。
あの場で対応しきれたのはフィアのおかげであり、彼女の予測がなければ防御をすることさえできなかっただろう。
そうした弱みを晒さず、誇張気味に戦力を宣言することこそ、彼の真の強さである。




