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姿は見えないが、その声は確かに二人の耳に入っている。
両者ともすぐさま異なる方法、異なる認識で対象を捕捉した。
「(住居のどころかに隠れているな。透明の術の類でなければ、すぐに対応できる)」
「(教会の屋根──十字架の裏に隠れているの)」
互いに思考を巡らせたが、それは共有されなかった。むしろ、これが普通なのだが、相手の心を読む使い手がそれをしなかった──できなかったというのは、珍しいの一言だ。
ただ、二人が《魔導式》を展開したのはほぼ同時であり、目的こそ違っていたが強力な連携だった。
相手を近づけさせず、相手を狙い撃つ。完成のタイミングを合わせ、これらが一挙に成立するというのは、敵からすれば恐ろしいことである。
「最重要目標とされるだけはある」
「……なんのことだ?」
術発動の準備を進めながらも、善大王はこれに応じた。
「組織での脅威度を示す指標だ。君達は組織にとって最大の障害であり、そして優先して処理する対象に選ばれている」
「ははあ、俺達がミスティルフォードを繋ごうとしているのが厄介と見える。ま、俺がいなければこうなるのは相当に遅れていただろうからな」
「誇張気味な表現だ──と、言いたいところだが、その通りだ。故に、ここで消えてもらう」
彼の軽口を肯定しながらも、精神は僅かな波も立てていない。暗部の人間もそうであるように、暗殺特化型は目的を明確にしているからこそ、精神攻撃は通用しないのだ。
だが、善大王はそれでも十分な利を得ていた。この一着で相手がそういう人間であることがわかり、その上で位置を特定するに至ったのだ。
「(フィア、聞こえているか?)」
「(教会、屋根、十字架の裏)」
「(おいおい……分かってたのかよ。なら言ってくれ)」
能力を維持しているらしく、彼女の瞳は鋭く、余計な要素を遮断しているかのように研ぎ澄まされていた。
「ま、あんまり無理するなよ」
「……」
こうして集中したフィアは子供の心理とは異なったものになる為か、善大王でさえ容易に御することはできない。
とはいえ、彼の観察能力は少女に限定されるものではなく、そもそも術の発動タイミングなどは彼女の癖が還元されているので読みやすい。
足が地面を蹴った途端、橙色の光線が十字架を粉々に打ち砕き、姿を隠していた者を焼き払わんとした。
だが、彼女はすぐさま異変に気付き、探知能力を最大出力にする──が。
「察知したことは驚きだが、体が追いつかないようでは意味がない」
「──っ!」
振り向こうとした時には既に遅く、彼女の首筋に手刀が伸びていた。
しかし、その鋭利な五指は血管さえ透けて見えるような皮膚を貫くことはなく、その場を離脱した。
腕が消えた瞬間、数発の光弾が腕と本体のあった部分に打ち込まれ、全弾が空振りに終わる。
「ずいぶんと反応が早いことで」
「そちらこそ遠慮がない。そちらの姫君と共に攻撃するか、彼女を守るかと思ったが」
「うちの引きこもり姫はそんなにヤワじゃないんでね」
彼はこの状況にありながらも、最善の行動を取っていた。
フィアの術であれば、十字架という遮蔽物を破壊してもなお、対象を撃破するのに十分な威力を持っていると瞬時に判断したのだ。
だからこそ、持っていた手札の全てを守りに回し、こうして接近してきた者に反撃を浴びせようとしたのだ。
相手の回避を許したものの、防御という本来の役割を十分に果たしている辺り、十分な収穫と言えるだろう。
「ライト、いまのって少しでも遅れてたら私死んでたよね!」
「あーうん、だが間に合うと思ってたんだ。当たってたら悪かった」
「悪かったじゃないよ! それに私の髪の毛が少し焦げてるの!!」
彼女は能力を解除したのか、元の空色の瞳が悪びれた様子の善大王を捉えていた。
「愉快なコンビだ」
「だろう? あんたらが思う以上に、脅威じゃないかもしれないぜ?」
「それとこれとは話が別だ。いくら取るに足りない人格であろうとも、その身が起こす風は嵐となりうる」
「なるほど、全く持ってその通りだな」
「……うん!」
刺客と恋人の二人は、絶対に理解していないであろう少女に視線を向けた。
「俺達がただの馬鹿だとしても、やってることがとんでもないから見逃せない……って意味だぞ?」
「私は馬鹿じゃないもん」
「いや、そういう意味じゃなくてだな」
 




