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──雷の国、都市イルミネート、ダーム商会本部にて……。
通常の商人は立ち入ることさえ許されない区画にもかかわらず、その部屋には多くの面積が割かれていた。
商会内のトップが密談を行う際、もしくは貴族などと黒い話題で話す時に使われる部屋ということで、聞き耳を立てられないような仕組みが使われているのだ。
そして、そんな人物達が個人的に会うということは稀であり、主となるのはエージェントを介した組織とのやり取りである。
だが、今回は仲介者などではなく、組織の中核を担う者──ボス代行である黒が訪れていた。
「よほどセキュリティに自信があるみてェだな」
「もちろんです」
かつては仮面で顔を隠していた会長だが、ここでは素顔を晒していた。
組織に対する疑心ではなく、単純に自分の正体が組織外の者に知られることを恐れての行動だったということもあり、それが起こりえない状況であれば隠す必要もない。
「クラフォード、お前が善大王に金を渡したことは分かってンだよ。どういうつもりなんだ」
「善大王は私と組織の繋がりに感づいているようです。ですが、奇妙なことに金さえ渡せば口外はしない、と」
「……あの野郎がなにを考えているのかは、オレも分かっちゃいねェが……言葉に偽りはなかった、とでも言いてぇのか?」
かのやり取りからしばらく経っているが、ダーム商会の地位に変化はなかった。もし口だけであったならば、ラグーン王が早急に手を打っていたことだろう。
それがない以上、彼が本当に約束を果たしたとしかいえない。
「現に、他国の船舶状況なども事実と合致しているではありませんか」
「気付いていて泳がせてンなら、適当な情報を吐くってことか? なくもねぇが──まぁいい、オレが聞きてぇのは、お前がどうして奴に金を渡したかってところだ」
「それは先ほども──」
「ダーム商会の会長なら、ただの風評にするくらいは難しくもねぇだろうがよ。今の世じゃあ善大王の威光なんてあってないようなもンだ」
これは確かであり、いくらラグーン王であっても、最大出資者ともいえるダーム商会は簡単に潰せるものではない。
その上で、商会側が世間に働きかけ、善大王の告発を無力化すれば体面を整えることも可能だ。
「……こちらも武器を得た、というのが本音ですかね」
「武器だと? 勘違いしてンじゃねえか? お前はただの物売り、優位に立とうとしてンなら、こっちもおとなしくはしてねぇぞ」
「黒様にお尋ねします。善大王の本名を知っていますか?」
予期せぬ言葉に、彼は勢いを削がれた。
黒は暴力的で獰猛だが、理性のない男ではないのだ。口調としてのそれも、飽くまでも威圧目的であり、また癖でしかない。
組織に忠実な商人が何故にこのようなことを聞くのか、彼はその意味を考えたのだ。
「知らねぇが、それがどうしたンだ」
「夢幻王ダークメア、彼には名前がありますが、それは本名でしょうか」
「……ボスがあれを自称した意味は分からねぇが、少なくとも本名じゃねえだろうな」
「善大王が連れていた《大空の神姫》は、彼をライトと呼んでいました。それが本名であれば──」
「身元を調べれば、奴の神聖さが削げるって言いてぇのか」
クラフォードは肯定した。彼が全てを決定したのは、それまで知られることもなかった善大王の身元に繋がる要素を得た、というのが大きかったのだろう。
《皇》として世界に知られている善大王だが、その親族を名乗る者はミスティルフォードの長い歴史の中、一度としても発生していない。
故に、家族を人質に取った策や脅しなども用いられてはおらず、選出の規則性なども不明瞭であった。
その不明瞭で不可思議な、理解のできない要素の数々が《皇》の神聖さ、そして神という存在の意志を強く感じさせていたのだ。
これがもし明らかになれば、世界の根底は大きく覆される。神の存在を語る教会さえも、無力化させることさえできるかもしれないのだ。




