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「みーんな行っちゃったわけだけど、どうするかい?」
「あ、ああ。報酬の件だったか」
「いや、別にそこまで急かしてはいないんだがね。くれるっていうなら早めの方がいいけど」
アリトは予想以上に驚いていた。
彼としては、トリーチは姫の不機嫌を鎮める為に寄越した臣下であり、彼女からの評価は決して高くないと考えていたのだ。
だが、二人の在りようは信頼関係を築いた相棒といった様子で、それは彼をそのまま持ち帰ったことにも表れていた。
「(姫、延いては首都にいるあの人を守る為の翼と考えていたが、ああまで信頼されているとは……)」
感動に浸る隊長とは対照的に、仕事人はドライだった。
「(あの姫様の口振りからするに、火の国はしばらく騒がしくなりそうだねぇ。ま、金は稼げそうだけど、こーいう厄介ごとは願い下げだし──よし、じゃあ古巣に戻るとするかね)」
彼女にとっての古巣は光の国のような気もするが、そこはカウントの外のようだ。
ただ、もしも善大王がその雷の国で色々と暗躍していることを知っていれば、厄介と知っていてもこの国に残っていたことだろう。
「──んで、隊長さんはフレイアに行くのかい?」
「姫が来ていなければ、我々は終わっていた。ならば、恩義を返すのが人として当然だと思うが」
「人として、かい。あたしゃひとでなしだから関係のないことだねぇ」
「君に強要するつもりはない」
「強要ってことは、可能なら手伝ってほしいってことかい?」
アリトは頷いた。これにはアカリも面白かったらしく、感情を隠そうとせずに大笑いした。
「そこは正直に言うんだねぇ」
「あの戦いで仕事人としての力は見せてもらった。君がいれば首都防衛に貢献できると判断した。何かおかしいか?」
「何かおかしいかってあんた、そりゃおかしいでしょ。素直すぎるっていうか、あたしみたいな野良にそういう勧誘するのは──あー説明するのも面倒だよ」
いまいち理解できていないといった様子のアリトをそのままに、アカリは手のひらを突き出した。
「報酬」
「カーディナルに戻ってからでも構わないか?」
「……それで構わないけど、フレイアには付き合わないよ。金は命あっての物種さ。こういう戦いはこれっきりにしたいもんだよ」
「そうか。残念だ──よし、カーディナルに戻ろう」
犠牲は多かったが、この戦いで得たものは──守ったものは多かった。
火の国、カーディナル、そこに住まう者、そしてこの場で戦った者。死の定めの上に立っていた数多の存在は、この危機を乗り切ったのだ。
無数の屍、英雄的な者、恐怖に打ち勝った者達によって。
「ろっと、報酬ついでに一ついいかい?」
「何か気になることでもあったのか」
「いやさ、シャドーのニイサンは何者だったんだい? あたしゃどこの国にも所属していない流れ者だし、そのくらいは教えてくれるのが道理ってもんじゃないかい?」
やはりアカリは抜け目がなかった。ほぼ無条件で協力したミネアはともかく、アカリは死にかけるような戦いを強いられ、危うく負け戦に巻き込まれるところだったのだ。
さらに言えば、姫はそこまで強く聞き出したりはしなかったが、彼女は聞かなければ引き下がらないといった様子だ。
「……分かった。教えよう」
「おー物分かりがいいじゃないかい」
「彼はある組織から派遣されてきた戦士だ。だからこそ、俺の部下ではなかった」
ある組織、という名が出た時、アカリは渋い顔をした。
「なんだい、そりゃ」
「知らないなら、きっとその方がいい。あの組織と関わることは命を縮めかねない」
「命、ねぇ」
彼女が組織と聞いて想起したのは、かつて実験動物だった自分に能力を押しつけた者達だった。
しかし、それが闇の国──というよりも、闇の巫女に連なる集団だと知った為、その関係性を断ち切っていた。
彼女は知っていたからこそ、逆に見えていたものを読み違えた。このカーディナルという都市の、善良の塊とされる次期当主が組織に加担する者ということを。




