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こうして見つめ合うのは時間の無駄ではあるのだが、それでもミネアは全てを知る必要があった。
何故、《選ばれし三柱》が正体を隠していたのか。あの危機的な状況になるまで、本気を出さなかったのか。
あの場で助けに入らなければ、カーディナルに所属する多くの者が死んでいたというだけに、敵である可能性は低い。だが、無条件に信じられる相手でもない──そうした複雑な関係なのだ。
「あなたは太陽? それとも月?」
「……能力のことを問いたいのであれば、もっと適切な答えがある──吸血鬼だ」
咄嗟に構えを取るが、彼女は術者であり、ティアのように機敏な返しはできない。そして、《魔導式》の展開も通常よりは早いが、吸血鬼相手では鈍重だ。
「《火の星》の姫、君は知った上でここに来たと思っていたが、どうにも違うらしいな」
「──そんな物語の存在がいるなんて、予想しろって方が無理よ」
ミネアは飛行能力者の方を見るが、彼は攻撃の構えを取っていなかった。奇襲をできるのは、この場では彼しかいないにもかかわらず。
「姫君は妙なことを言う。先ほどまで戦っていた存在はなんだ? 《星》である君とて、あのようなものを身近に感じているなどとは言うまい」
魔物が出現した以上、既にこの世界は──時代は、お伽噺の世界に等しいものとなっている。吸血鬼やエルフ、竜や天使などが出現しても何ら驚くことのない世界となった。
「さて、私は正体を明かした。どうする、私を殺すか──《選ばれし三柱》」
《魔導式》の完成は近いが、吸血鬼は構えさえ取らずに彼女の目を直視していた。
赤い瞳は火の赤とも謳われるフレイア人のそれよりも鮮やかで、深紅の血液を想起させるものだった。
ミネアはあと一歩で完成という段階の《魔導式》を破棄すると、緊張させた四肢から力を抜いた。
「さっきも言ったでしょ。あなたがいなければ、多くの民が死んでいたわ。火の国の姫としては、素直に感謝しているのよ」
善大王との一件で部分的な柔軟性を得ていたミネアは、この場で選択を違えずに済んだ。
彼女は僅かにも気付いていなかったが、ローブの内では吸血鬼の五指がうら若き乙女の血を狙い、攻撃の準備を終えていたのだ。
「私の仕事は遂げられた。ここで失礼させてもらう」
「ええ」
刹那、砂漠の砂を踊らせる風が吹き、彼の身を覆っていたローブがマントのように靡いた。
それまで隠されていた彼の体は、衣服によるところもあるが、普通の人間と大差がなかった。しかし、一つだけ大きく異なる要素が存在していた。
成人男性の腕一本分に相当する──剣にしては短く、鞘に収められてもいない一振りの黒剣。
腰に差したそれは、紛れもなく神器だった。《闇の月》を使い手とする剣、《消魂剣》。
「(吸血鬼で《闇の月》……道理であそこまで強かったわけね)」
彼女は知らなかったからこそ、全てを無事に終えられた。
彼が組織に組みする事実を知っている人物は限られる。皮肉なことに、それを知る数少ない一人は、この国で行う仕事を既に終えていた。
去りゆく男の背を見つめながらも、彼女は気を緩めなかった。
これで北方から迫り来る敵を未然に防げたわけだが、それでも火の国を襲う脅威が去ったわけではない。少なくとも、彼女には次の戦いが待っているのだ。
「……あたし達も帰るわよ」
「お、俺もか?」
「当たり前じゃないかしら。あたしが無関係なカーディナルを助けたんだから、あんたも向こうの戦いで力を貸すのが道理ってものでしょ」
「お、おう……」
「それに、まだ護衛の任が解かれたわけでもないのよ」
もはや熟練の域に到達した手つきでミネアを抱くと、過労気味な飛行能力者は地より足を離した。
「向こうに行くのはいいんだが、まずはアリト様に話をつけてからでもいいか?」
「別にいいけど」
行きは楽なものだったが、帰りは登りの道を進むとあって負荷の大きさは増していた。だが、火事場の馬鹿力の余韻が働いているのか、二人は痛みを感じることもなく飛んでいく。
幸いなことに、アリトは元の場所で待っていた。彼だけではなく、本作戦の功労者とも言えるアカリも場所を動いていない。
「こいつはまだ借りておくわ!」ミネアは大きな声で言う。
「それは構いませんが──」
「ということよ。トリーチ、早く戻るわよ」
「ちょっと待て! 俺はまだ──」
「フレイアの方でも戦いがあるのですか!?」距離があるからか、アリトも声を大にする。
「そうよ! だからこいつにも働いてもらうとするわ!」
「ならば、我が部隊も──」
答えを聞くよりも前に、二人は南方に向かって飛び去った。ミネアの急かしに腹を立て、衝撃で黙らせようとしたのだろう。
余韻も消え始め、痛みで目を覚ます彼女だったが、この高さで反撃すると怪我しかねない為に無言で不満を示した。




