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必死に逃げる二人とは対照的に、比較的余裕がある二名の術者は驚き、足を止めていた。
「ねぇ、あんたの方があの男のことを知っているはずよね」
「さーね。あたしゃシャドーのニイサンが主力ってことを聞いただけさ。どういう立場の人間かは知らんのよね」
「……《盟友》の正規兵だとすれば、脅威よ」
スラッシュのようにほんの少しの時間を稼ぎ、命を散らすかと思われたシャドーだが、彼は生きていた。それどころか、相手の動きを完全に止めていた。
彼はそれまで武器としていた剣を捨て、徒手空拳で戦っていたのだ。普通であれば危険な行為である上、火力が減退する愚かなる戦術だった。
しかし、彼の同方向に向かって並べられた五本の指は、剣や槍を思わせる──いや、それを遙かに上回る威力で魔物を引き裂いていく。
ただ、こうした攻撃は導力制御に長けた善大王、スタンレーの例と同様であることから、凄まじいが脅威とはいえない。
彼の恐ろしさとは、手を食われながらも、すぐさまそれが修復していくことだった。
「光属性の治癒にしては、不自然なものさ。むしろ、ここまで理から外れた回復は、水属属性の管轄かねぇ」
「水属性はよく知っているつもりよ。あれもこんな風に回復できるものじゃないわ」
「苦手の対策かい? 立派なもんだねぇ」
これには答えず、ミネアは戦いの様を観察した。
《風の星》の如き機動力、そして《水の星》さえ上回りかねない回復力、それらを兼ね備えた人間がこの世界にいるのだろうか。彼女の脳裏にはこうした疑問が幾度も巡っていた。
そう、二人は知らなかった。魔物という伝説上の存在を目にしながらも、この世界は現実の平行線場にあり、それは未だに変化していないのだと信じて疑わなかった。
だからこそ、思考の縁にすら掠らなかった。
あの男が吸血鬼であると。
ただ、それは重要なことではなかった。この場においてもっとも重要なのは、どうすれば生存できるか──その理屈であれば、彼が強ければ何者でも問題はないのだ。
当初の計算は凄まじい速度で改竄されていき、迫り来るはずの敵に怯えることもなく、二人の術者は想定よりも早く《魔導式》を組み終えた。
「《火ノ二百五十番・昇華獄炎》」
二人は通信を行わなかったが、前衛の吸血鬼は術発動の前兆を読み、数拍前という段階にもかかわらずにその場からの離脱に成功した。
もちろんというべきか、賢き群生体の魔物もこれを察知したが、彼らの場合は小回りが利かない為に行動へと繋がることはなかった。
天をも焦がすかのような火の猛りは魔を滅し、この戦いに終止符を打った。
さしもの藍眼とて、《選ばれし三柱》の放つ術の連続攻撃には耐えられなかったようだ。
むしろ、彼らはあまりにも強固だったと言わざるを得ない。通常の個体であれば、一人で御することの可能な藍色に、ここまでの戦力を必要としたのだから。
二名の赤髪術者はそんな強敵にではなく、前衛を支えた一人の吸血鬼に視線を向けていた。
ローブが焼け焦げ、黒髪と赤い瞳を露出させた男。シャドーと呼ばれたその吸血鬼は、別の場所ではトニーの名を持っていた。
 




