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赤き塔の消えた後、そこには黒煙の柱が依然として姿を残していた。
あれだけの規模を一撃で焼き払ったのだから、こうなるのは明白だった。そして、こんな風景を見ると、大半の者は錯覚する。
「やったか?」
「あの魔物を倒せたのか? 俺たちは助かったのか?」
逃亡を開始していた兵は皆、勝利を確信していた。あれほどまでの術を直撃し、生き残れるはずがないと考えるのは当然だった。
しかし、遠巻きから魔物を睨む黒ローブも、そして術を放った張本人である二人も、未だに戦闘態勢を解除してはいない。
「……半数ってところかい?」
「たぶん四分の一も落ちてないわね。二人分の熱量で何層かを焼き払えたみたいだけど、咄嗟に奥に逃げたみたい」
二人が行った読みの答え合わせは、すぐさま明かされることになる。
黒煙の内より無数の黒片が飛び散り、それらは降下していく間に粒子となって消えていった。
その破裂の衝撃によるものか、それまで視界を塞いでいた煙は取り除かれ、再び魔物の姿が晒されることなる。
そこにいたのは、先ほどまでと変わらない姿をした、巨大な蟻塚型の魔物だった。
大きさについても変化は乏しく、あれほどまでの攻撃さえも徒労に終わったと感じさせるだけの、圧倒的絶望感を放っている。
「密度が大きく減少しているわ」
「……そういうもんなのかい? あたしゃ魔力察知については人並みだからねぇ、そこはあんたを信じるとするよ」
その人並みが術者でも上位に入る実力だというのだから、彼女らしくもない謙遜だった。
ただ、相手の変化を察知できていないという点は事実であり、同じ《選ばれし三柱》でも《星》が段違いであることを彼女は理解していたのだろう。
ミネアの感じ取った情報は言葉に表れており、そのものまさに密度が変化していたのだ。
当初の状態では鱗状に整列──見た目からは考えられなかったが──していたが、今回は本当に乱雑な集合へと変化している。
初撃を防ぎきったのは、層による深部の守りを優先したからであり、それがなくなった今であれば火の通りも先のそれを遙かに上回るだろう。
「にしても妙ね。あんな防御手段を持ってるなら、次もそうしたらいいはずよね」
「いんや、アレは先輩と違って、頭でっかちじゃないみたいだよ」
「先輩?」
「確かに、防御力を考えるなら続行が吉さね。でも、そうしたら攻撃の効果が高かったことが明白になるってことよ──人を絶望させることが目的なら、それを判断させづらくするのもアリだねぇ」
「まさか、魔物がそんなこと──もしそれだけの頭があったとして、その為だけに防御を軽視するなんて、あべこべよ」
「そうかい? あの塊はさっきと大差がないようにみえるがね──一応は《選ばれし三柱》のあたしがみても」
その言葉に含まれていたのは、ミネアがいなければ彼女も攻撃を諦めていた、ということだった。
それは彼女だけに留まらず、このカーディナル軍の全員に共通することだ。つまり、相手の判断は正しかった。ミネアはものが見えるからこそ、見えない者の恐れという点については盲目だったのだ。
「……術者の話に割り込むべきではないと思うのだが、いいか?」トリーチは問う。
「なにかしら?」
「あの魔物に対して、攻撃の効果はあるのか?」
「かなり軽微ではあるけど、確実にダメージは与えられてはいるわ」
「なら、俺も行く。射程は短いが、俺なら遠距離に対しての攻撃も可能だ」
この状況では遠距離攻撃は重要な存在だった。
二人の《選ばれし三柱》が総攻撃をしたところで、一撃で決着がつかないという状況である以上、攻撃を行える者は多いに越したことはない。
「ニイサンには悪いけど、中途半端な支援より、あたしらを担いで逃げてもらえる方がありがたいんだけどねぇ」
「だが、こうしてただ見ているのは耐えられない」
はっきりと言うアカリに対し、トリーチは飽くまでも譲らないという様子だ。
「トリーチ、なら俺を吹っ飛ばしてくれ」
そこに来たのは、兵の全員に撤退命令を出し終えたアリトだった。
 




