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遠目から様子を見ていたミネアは絶句し、舞踏こそは続行されているが、精神状況は非常に不安定になっている。
「……魔物の塊。ああなったら、本当に」
彼女が見つけだした真実、有限な戦力はここで完全に崩れ去った。
本質としては変わらないのだが、こうなると先ほどまでのようには言えない。なぜならば、相手がどんな攻撃を受けても止まらないというのであれば、もはや抵抗ができないからだ。
魔物に打ち込まれた術が上級術であり、その使用者が《選ばれし三柱》の誰かである、ということも彼女は察知していた。その上でこの判断が下されたのだ。
無論、巫女の術であれば威力は上回るだろう。そして、二百番台や最上級術にまで引き上げれば、状況は変わるかもしれない。
ただ、ミネアにそれを信じられるような力はなかった。
「どうにかならないのか?」トリーチは聞く。
「……どうにもならない、ということはないと思うわ。でも」
「でも?」
「あの魔物相手に数十発の術を当てれば、どうにかなるかもしれないわ。少なくとも、そういうこと──こんな大人数を逃がしながらじゃ、絶対に無理」
この相手に対し、近接戦は自殺行為に等しい。彼女はそれをすぐに理解したのだ。
だとすれば、術による攻撃ということになるのだが、それをするには人数が足りない。
この場にいる者の多くが戦士型であり、もし術を使える者がいたとして、その中に術者と呼ばれる者は一人もいないだろう。
百番台からが有効打点だとすれば、ミネアとアカリの他はただの足手まといとなるのだ。
そしてなにより、あの魔物を倒すだけの術を発動させようとすれば、信じられないような時間を必要とすることだろう。少なくとも、逃げながら行うのは不可能だ。
「なら、俺がミネアを担いで飛ぶ。それならいけるんじゃないか?」
「それも考えたわ。その場合、地上に残されている人達が逃げ遅れるのが関の山よ。それに、もう一人の術者がどこにいるかも分からないのよ」
ここでようやく、トリーチも口を噤んだ。
『そういうことであれば、私が支援しよう』
「誰? というより、どこから聞こえているのよ」
周囲を見渡した後、飛行能力者はポケットに突っ込んでいた符を取り出し、それが赤い光を放っていることを確かめた。
「《盟友》が使っている通信の符だ」
「ってことは、味方?」
『先ほどの術攻撃を見る限り、攻撃は確実に通っている。物理攻撃が入らないというのも、安易な決めつけかもしれない』
「あんたは誰なのよ」
知らない一兵卒には命令されたくないと、ミネアは反論した。
不可能と断じたことに、待ったを掛けられたのが気に入らないのだろう。
『構成魔物が反撃するのは、おそらく群の中に飲まれた時。あの速度から逃れながら攻撃すれば、おそらく食われることはない』
「……その可能性は、なくもないわね」
それまで持っていた幾つかの能力を一つたりとも使わなくなったという時点で、魔物の行動が著しく変化したことが分かる。
あの状態が圧殺を是とする戦い方であれば、反応速度よりも防御力を優先していてもおかしくはないのだ。
機動力の高い個体や、能力のバリエーションが増えたのは最近のことであり、当初は高い防御力と鈍感さが特徴であった。
『時間稼ぎができる保障はないが、少なくとも数を削ることはできる』
「誰だか分からないけど、とりあえずはあんたを信じるわ」
そこで通信が途切れたのか、札は静まり返った。
「トリーチ、今の男の声に覚えはある?」
「……いや。だが、この部隊にはカーディナルに迎合した者も含まれているらしい」
「《盟友》のメンバーだけとは限らない、ってことね」
実力に関しては疑問が多かったが、それでもミネアは一時的に諦めを放棄し、できる限りの抵抗をすべく《魔導式》の展開を開始した。




