表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
743/1603

16x

「いやはや、無理だって思っても頑張るもんだねぇ」


 《選ばれし三柱(トリニティア)》の一人であるアカリは、命令に従って集団の狙い撃ちに務めていた。

 彼女は仕事人であり、命令に従うことも良しとするような人物だ。しかし、ここまで機嫌がよいのは、最悪の状況を切り抜けたからといっても過言ではないだろう。


 彼女にとって、隊長に述べた作戦の両方は無縁のものだったのだ。

 そもそも、不死の名にふさわしく、彼女は死亡しても蘇ることが可能である。だからこそ、最悪の場合は一回の死亡を前提に、逃亡することも可能だった。

 だからこそ、もし全員が討ち死にするような状態になっても、彼女だけは生き延びる。その場合、満額の報酬を受け取れず、少なからず後味の悪さが残ることになるのだが。


 そしてもう一つ。逃げ出すような卑怯な真似ではなく、正面からこの魔物達を打ち払う手段も存在していた。


「(あの巫女のお嬢ちゃんが言っていた術、ここが試し時だと思ったけどねぇ)」


 巫女のお嬢ちゃん──つまり、ライムのことだ。

 彼女から明かされた事実は、アカリに大きな精神的ダメージを与えた。だが同時に、彼女の口からとっておきの奥の手を知らされていたのだ。


「ま、できることなら生きて帰りたいもんだし、ここはもうちょーっと頑張るとするかねぇ」


 この戦いは、既に決していた。

 後はどれだけの犠牲が出るか、そう言った次元。人間同士の戦いではないからこそ、こうした血戦が容易に発生する。

 もはや、魔物の行動は悪足掻(わるあが)きに過ぎなかった。


 全員が死力を尽くし、なれども勝利を確信し始めた時──全員が自覚できないほどの油断を抱いた時、それは起きた。


 まるで、それまでは余裕を持って戦っていたと言わんばかりに、群生の魔物が一斉に集合し始めたのだ。

 それは一体の魔物の姿だった。スタンレーが捕捉した二体の魔物の内、既に一体()が撃破されたということを示していた。


「まるで蟻塚な何かだねぇ」

「そこまで楽観できるものではないかもしれない」


 突如として現れた黒ローブの男に、アカリは心の底から驚いた。


「うぉっ! びっくりさせるもんじゃないよ! ……えっと、シャドーだっけ?」

「そうだ」

「出てくるなら挨拶くらいするもんだよ」

「《不死の仕事人》ほどの使い手であれば、気付いていると思ったが」


 売り出し中の名に傷が付いては困ると、アカリは「あーはいはい、気付いてたよ。まったく、分かっても驚くもんは驚くのさ」とさり気ないフォローを入れた。


 しかし、そんなことはどうでもいいとばかりに、シャドーは蟻塚状の魔物を睨みつける。


「今までは統率の取れた行動をとっていたが、ここからは変わるやもしれない」

「……なんで分かるんだい?」

「負──魔力の質が、明らかに変化している」


 言われてから魔力を探るが、多少波長が変化したという程度で、著しい増加などは見られなかった。


「ま、警戒しといて損はないけどね。そんで、あんたはあっちにいかなくていいのかい? 接近戦担当だろう?」


 自分は遠距離型だから無関係とばかりに、危険地帯へと他人を押しやろうとしていた。


「私はもうしばらく様子を見させてもらう」

「あっそ」


 雑談をしながらも、彼女は《魔導式》の展開を続けていた。

 攻撃が完全に中断したからこそ、余裕を持って予備を増やしていたのだが、全員が攻め(あぐ)ねている状況での先行は彼女も遠慮したいといった様子だった。

 だが、待ち時間は決して長くはなかった。


 柱のように、魔物の塊は移動を開始した。全体像が蠢き、不気味さを感じさせる構造物を前に、誰もが足を止めた。


「ったく、こういうのはやりたくないんだがねぇ。《火ノ百三十番・火炎弾(バーニングキャノン)》」


 赤い輝きが《魔導式》から迸り、術が起動する。

 こうした牽制攻撃で上級術を使うのは得策ではないが、彼女は無自覚に危機感を覚えていたのだろう。


 火炎の弾が直撃すると同時に、蟻塚を構成する眷属達が次々と剥がれ落ち、燃え上がり、そして粒子となって消えていく。

 攻撃は成功したかのように思われたが、塊の動きは収まる気配を見せない。依然として、人間の疾走と同速で接近を続ける。


 逃げずに呆然としていた者達は意識を取り戻したように、それぞれが握った武器を構え、魔物に向かって攻撃を敢行する──が、それは何の効果も見せず、歩みを進める塊は勇敢な者達を巻き込んだ。

 叫びさえなく、巻き込まれた人間はそのまま消え去った。いや、おそらくはあの魔物の塊の中に存在しているのだろう──死体として。


 魔力の察知ができる者はごく一部だが、こればかりは見れば明らかといったところで、それまで勇気に奮い立っていた者達は恐怖に(すく)み上がった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ