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「いやはや、無理だって思っても頑張るもんだねぇ」
《選ばれし三柱》の一人であるアカリは、命令に従って集団の狙い撃ちに務めていた。
彼女は仕事人であり、命令に従うことも良しとするような人物だ。しかし、ここまで機嫌がよいのは、最悪の状況を切り抜けたからといっても過言ではないだろう。
彼女にとって、隊長に述べた作戦の両方は無縁のものだったのだ。
そもそも、不死の名にふさわしく、彼女は死亡しても蘇ることが可能である。だからこそ、最悪の場合は一回の死亡を前提に、逃亡することも可能だった。
だからこそ、もし全員が討ち死にするような状態になっても、彼女だけは生き延びる。その場合、満額の報酬を受け取れず、少なからず後味の悪さが残ることになるのだが。
そしてもう一つ。逃げ出すような卑怯な真似ではなく、正面からこの魔物達を打ち払う手段も存在していた。
「(あの巫女のお嬢ちゃんが言っていた術、ここが試し時だと思ったけどねぇ)」
巫女のお嬢ちゃん──つまり、ライムのことだ。
彼女から明かされた事実は、アカリに大きな精神的ダメージを与えた。だが同時に、彼女の口からとっておきの奥の手を知らされていたのだ。
「ま、できることなら生きて帰りたいもんだし、ここはもうちょーっと頑張るとするかねぇ」
この戦いは、既に決していた。
後はどれだけの犠牲が出るか、そう言った次元。人間同士の戦いではないからこそ、こうした血戦が容易に発生する。
もはや、魔物の行動は悪足掻きに過ぎなかった。
全員が死力を尽くし、なれども勝利を確信し始めた時──全員が自覚できないほどの油断を抱いた時、それは起きた。
まるで、それまでは余裕を持って戦っていたと言わんばかりに、群生の魔物が一斉に集合し始めたのだ。
それは一体の魔物の姿だった。スタンレーが捕捉した二体の魔物の内、既に一体分が撃破されたということを示していた。
「まるで蟻塚な何かだねぇ」
「そこまで楽観できるものではないかもしれない」
突如として現れた黒ローブの男に、アカリは心の底から驚いた。
「うぉっ! びっくりさせるもんじゃないよ! ……えっと、シャドーだっけ?」
「そうだ」
「出てくるなら挨拶くらいするもんだよ」
「《不死の仕事人》ほどの使い手であれば、気付いていると思ったが」
売り出し中の名に傷が付いては困ると、アカリは「あーはいはい、気付いてたよ。まったく、分かっても驚くもんは驚くのさ」とさり気ないフォローを入れた。
しかし、そんなことはどうでもいいとばかりに、シャドーは蟻塚状の魔物を睨みつける。
「今までは統率の取れた行動をとっていたが、ここからは変わるやもしれない」
「……なんで分かるんだい?」
「負──魔力の質が、明らかに変化している」
言われてから魔力を探るが、多少波長が変化したという程度で、著しい増加などは見られなかった。
「ま、警戒しといて損はないけどね。そんで、あんたはあっちにいかなくていいのかい? 接近戦担当だろう?」
自分は遠距離型だから無関係とばかりに、危険地帯へと他人を押しやろうとしていた。
「私はもうしばらく様子を見させてもらう」
「あっそ」
雑談をしながらも、彼女は《魔導式》の展開を続けていた。
攻撃が完全に中断したからこそ、余裕を持って予備を増やしていたのだが、全員が攻め倦ねている状況での先行は彼女も遠慮したいといった様子だった。
だが、待ち時間は決して長くはなかった。
柱のように、魔物の塊は移動を開始した。全体像が蠢き、不気味さを感じさせる構造物を前に、誰もが足を止めた。
「ったく、こういうのはやりたくないんだがねぇ。《火ノ百三十番・火炎弾》」
赤い輝きが《魔導式》から迸り、術が起動する。
こうした牽制攻撃で上級術を使うのは得策ではないが、彼女は無自覚に危機感を覚えていたのだろう。
火炎の弾が直撃すると同時に、蟻塚を構成する眷属達が次々と剥がれ落ち、燃え上がり、そして粒子となって消えていく。
攻撃は成功したかのように思われたが、塊の動きは収まる気配を見せない。依然として、人間の疾走と同速で接近を続ける。
逃げずに呆然としていた者達は意識を取り戻したように、それぞれが握った武器を構え、魔物に向かって攻撃を敢行する──が、それは何の効果も見せず、歩みを進める塊は勇敢な者達を巻き込んだ。
叫びさえなく、巻き込まれた人間はそのまま消え去った。いや、おそらくはあの魔物の塊の中に存在しているのだろう──死体として。
魔力の察知ができる者はごく一部だが、こればかりは見れば明らかといったところで、それまで勇気に奮い立っていた者達は恐怖に竦み上がった。




