14w
──カーディナル上空にて……。
「いた──って、あれ何なのよ」
「俺にも分からないッ! 報告では三体のはずだった」
明らかにおかしい数の魔物を目視し、二人の増援は困惑していた。
しかし、戦いが既に始まっているだけに、悩んでいる時間はなかった。罠である可能性があるとしても、この場で偵察を優先する余裕はない。
「今すぐ着陸するぞ」
「ちょっと待って。せめて、一発は食らわせてからの方がいいわ」
ちょっと、という言葉に偽りはなく、彼女の展開した《魔導式》は高速で完成した。
「《火ノ七十二番・鬼灯》」
詠唱の後、空中に無数の焔が舞い、ゆっくりと降下していく。
「行くわよ」
「……あれ、なんなんだ?」
「見てれば分かるわ。さ、早く助けるとしましょ」
釈然としない様子だったが、主が危機という状況で疑問を優先するほど、彼は愚かではなかった。
それまで使用されていた念動力が弱まり、二人の体は加速しながらも地上に向かって落下していく。
ただ、本当にそのまま落ちたということでもなく、程々に力場を形成することで衝撃を緩和していた。
そんな二人の姿が目視された時点で、魔物も含めた全員が空を見上げる。
「トリーチ!?」
「はい! トリーチ、ただいま参上いたしました」
「それと、あたしもね」
誰よりも早く反応したのが、アリトだった。
彼からすれば、姫の護衛に回していたはずの人間が戻ってくるなど、想定外でしかなかった。
情報を知らせたのは矛盾にも思えるが、これは王が彼の自由を許さないと分かってのものであり、救援を欲していたわけでもなかったのだ。
予測外は一つに限らず、彼が抱えているミネア──火の巫女の登場ともいうのも、想像を絶する展開であった。
この戦場に来るはずのない二人が現れたことで、戦況は大きく変化した。
いくら相手の数が莫大とはいえ、軍にも匹敵する巫女が登場したという時点で、大きな問題ではなくなったのだ。
「まさか……あなたまでもが」
「あたしだって、好き好んでこんなところに来てないわ。でも……火の国の為よ、手助けくらいはしてあげるわ」
「……ありがとう」
戦闘に戻ろうとした矢先、無数の爆破音が轟き、再び空へと目を向ける。
そこでは、魔物の一部が次々と焔に突進していき、次々と爆発していく。
「自爆なのか?」とトリーチ。
「……少し計算外だったわね。あれ、本当ならもっと巻き込めるはずだったのよ」
彼女が発動させた術は爆発系のものだった。それだけであれば、発動条件などが手間のようにも感じるが、本来の使い方とは異なった方法でミネアは利用していたのだ。
あれは元々、空から無数に降下させることで相手の行動、そして術の発動を抑止する効果をもたらすのだ。
命中すれば起爆するという爆弾である以上、地上に近づく毎に誘爆する確率は爆発的に高まる。
挙句、術は範囲を指定るするだけで、味方を巻き込まないようにもできる。一方的な行動の封印こそが、あの焔の本当のあり方だったのだ。
しかし、相手はそれを予測していた。危険性を判断し、その上で自分の身を切って爆破処理を行った。
「姫、あれは群生の魔物です。おそらく、知能は通常の個体を上回るかと」とアリト。
「ミネアでいいわ、この場ではあんたがボスなんでしょ? ──まぁ、あれを相手に時間稼ぎできたなら、上等よ」
力の見極めが早いのは、なにも魔物の専売特許ではない。
ミネアは彼らの行動から、敵戦力の分析を行っていた。善大王やシアンのものとは違い、戦略的な読みではないが、この一戦に限定するならば彼女の方が優位だった。
「あの魔物は複数の能力を持っている……違う?」
「はい。その通りです」
「なら、その能力の関連性のある個体を撃破していきなさい」
長考するまでもなく、アリトは答えに辿りついた。
「指揮官がいる可能性は」
「おそらくだけど、いないとみていいんじゃないかしら」
「分かりました。では、皆に命令を送ります」
彼が探り当てた真実、それは──魔物が軍隊の形式を取っている、ということだった。
それも、指揮官を必要としない軍隊。兵の全員がやるべきことを認知し、それを無機質に実行するような軍だ。
しかし、そのような軍はこのミスティルフォードには存在していないのだ。
シナヴァリアやガムラオルスが推し進めようとした、実現に至っていない計画の他には。
 




