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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
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12Δ


「ッ――」


 スタンレーは大きく()け反り、その攻撃を回避した。

 彼の命を四度奪った攻撃は――直下の砂に擬態していた魔物によるものだった。


 (さそり)の尾を想起させるそれは、攻撃の空振りにすぐ気付き、砂中へと戻っていった。


「(なるほど……あの二体の内、どちらかがこの能力を持っているわけだな)」


 吹雪が止むと同時に、彼は周囲の状況を再確認した。そして、想定外の状況に冷や汗を流した。

 謎の多い二体の魔物は身動き一つ取らず、(いわお)のように堂々とした風格を見せつけていた。

 それだけでも危機感を煽るというのに、巨体の蟻さえも外傷が見られないともなると、絶望感を通り越して無力感を覚えるほどだった。


「(《秘術》が効かないだと!? ……どういうことだ、あの蟻が蟻酸を噴射したようには見えなかったが)」


 一撃目では確かに防御され、それによって相手の実力や能力を知ることになった。

 同時に、《秘術》が魔物に有効となることも示されたのだ。それにもかかわらず、今回は能力を使うこともなく耐えきられた。


 とはいえ、全く影響がなかったというわけではないのか、蟻型の方は攻撃に移る気配を見せない。

 蠢く塊である二体についても、当初から変わらずにその場に佇んだままだ。


 彼はまだ手札を残している為、再度挑戦することも可能だった。可能ではあったが――これ以上戦いを続行すべきではない、と純粋な直感で悟っていた。

 残っていた《魔導式》を破棄すると、彼は撤退を開始した。ここで読み違えたのは、逃げ足を用意しなかったことである。


 《秘匿の司書》と謳われるだけはあり、圧倒的な数の《秘術》を持ち、使いこなすことができるのだ。

 善大王とフィアのコンビに挑んだ際も、詰んだと確信した瞬間に逃亡用の術を発動させた。

 《秘術》の必然性だが、一種類を発動させるだけでもかなりの《魔導式》が必要となる。故に、逃亡する場合は事前に手札として展開しておくことが必須だ。


 強者との戦いであれば、彼はこれを用意する。

 しかし、今回はその判断を読み違えた。強者であると認めながらも、魔物であれば逃げ切れると高を括ったのだ。

 となれば、彼は三体の魔物――それも藍色の瞳を持つ上位個体から逃げ切らなければならない。自らの足で。


 逃げだそうと一歩を踏み出した瞬間、彼は転がるように前方へと飛んだ。

 刹那、彼が第一歩目として踏んだ部分から、蠍の尾が伸びる。


「(こっちが勝負を捨てたと見て、攻めに転じたか)」


 それがわかった時には、既に手遅れである。彼は己の武器である《秘術》を破棄してしまった。

 その上、この苦し紛れな回避でさえ、一度の死から学んだものだった。


 玉のような汗が浮かび上がるが、彼に休息する時間はない。尻を叩くように、背後の砂が擦れる音がスタンレーの耳に届いた。

 急いで走り出すことでその攻撃を回避するが、まるで彼の行動を予測したように、進路上の砂が鋭い尾に変化する。


 そこから行われた逃亡劇は、非常に滑稽なものだった。

 司書は時折転び、妙な場面で立ち止まり、側転で横に移動し――と、逃亡している人間の動きではなかった。

 だが、それは客観的な視点に過ぎない。実際の彼が行った動作を一つの場面に(おさ)めてしまえば、そこに群衆が生まれることだろう。


「(こちらの考えが読まれているのか? でもなければ、この狙い撃ちはあり得ない)」


 スタンレーの命を多く奪った攻撃は、地面からの(ひと)突きだった。

 だが、それは彼が覚えている攻撃にすぎない。投棄された世界の中では、それ以外の死因も存在していたのだ。


 この後にどうなったのか、それは知るところであろう。

 ここまで絶望的な状況に追いやられながらも、彼は生きてカーディナルに辿りついたのだ。

 奇跡の如く生還劇の軌跡(きせき)には、(おびただ)しい数の可能性が屍となり、投棄されていた。

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