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「ッ――」
スタンレーは大きく仰け反り、その攻撃を回避した。
彼の命を四度奪った攻撃は――直下の砂に擬態していた魔物によるものだった。
蠍の尾を想起させるそれは、攻撃の空振りにすぐ気付き、砂中へと戻っていった。
「(なるほど……あの二体の内、どちらかがこの能力を持っているわけだな)」
吹雪が止むと同時に、彼は周囲の状況を再確認した。そして、想定外の状況に冷や汗を流した。
謎の多い二体の魔物は身動き一つ取らず、巌のように堂々とした風格を見せつけていた。
それだけでも危機感を煽るというのに、巨体の蟻さえも外傷が見られないともなると、絶望感を通り越して無力感を覚えるほどだった。
「(《秘術》が効かないだと!? ……どういうことだ、あの蟻が蟻酸を噴射したようには見えなかったが)」
一撃目では確かに防御され、それによって相手の実力や能力を知ることになった。
同時に、《秘術》が魔物に有効となることも示されたのだ。それにもかかわらず、今回は能力を使うこともなく耐えきられた。
とはいえ、全く影響がなかったというわけではないのか、蟻型の方は攻撃に移る気配を見せない。
蠢く塊である二体についても、当初から変わらずにその場に佇んだままだ。
彼はまだ手札を残している為、再度挑戦することも可能だった。可能ではあったが――これ以上戦いを続行すべきではない、と純粋な直感で悟っていた。
残っていた《魔導式》を破棄すると、彼は撤退を開始した。ここで読み違えたのは、逃げ足を用意しなかったことである。
《秘匿の司書》と謳われるだけはあり、圧倒的な数の《秘術》を持ち、使いこなすことができるのだ。
善大王とフィアのコンビに挑んだ際も、詰んだと確信した瞬間に逃亡用の術を発動させた。
《秘術》の必然性だが、一種類を発動させるだけでもかなりの《魔導式》が必要となる。故に、逃亡する場合は事前に手札として展開しておくことが必須だ。
強者との戦いであれば、彼はこれを用意する。
しかし、今回はその判断を読み違えた。強者であると認めながらも、魔物であれば逃げ切れると高を括ったのだ。
となれば、彼は三体の魔物――それも藍色の瞳を持つ上位個体から逃げ切らなければならない。自らの足で。
逃げだそうと一歩を踏み出した瞬間、彼は転がるように前方へと飛んだ。
刹那、彼が第一歩目として踏んだ部分から、蠍の尾が伸びる。
「(こっちが勝負を捨てたと見て、攻めに転じたか)」
それがわかった時には、既に手遅れである。彼は己の武器である《秘術》を破棄してしまった。
その上、この苦し紛れな回避でさえ、一度の死から学んだものだった。
玉のような汗が浮かび上がるが、彼に休息する時間はない。尻を叩くように、背後の砂が擦れる音がスタンレーの耳に届いた。
急いで走り出すことでその攻撃を回避するが、まるで彼の行動を予測したように、進路上の砂が鋭い尾に変化する。
そこから行われた逃亡劇は、非常に滑稽なものだった。
司書は時折転び、妙な場面で立ち止まり、側転で横に移動し――と、逃亡している人間の動きではなかった。
だが、それは客観的な視点に過ぎない。実際の彼が行った動作を一つの場面に収めてしまえば、そこに群衆が生まれることだろう。
「(こちらの考えが読まれているのか? でもなければ、この狙い撃ちはあり得ない)」
スタンレーの命を多く奪った攻撃は、地面からの一突きだった。
だが、それは彼が覚えている攻撃にすぎない。投棄された世界の中では、それ以外の死因も存在していたのだ。
この後にどうなったのか、それは知るところであろう。
ここまで絶望的な状況に追いやられながらも、彼は生きてカーディナルに辿りついたのだ。
奇跡の如く生還劇の軌跡には、夥しい数の可能性が屍となり、投棄されていた。
 




