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──火の国、カーディナル周辺の砂漠にて。
時は、偵察任務中にまで遡る。
想像を絶する状況を聞きつけ、スタンレーはカーディナルへと赴いた。この件には組織の関与はみられず、純粋に彼の聞き耳が強く作用したといえる。
ただ、一人でくることになったのは、アリトの命令ではなかった。彼自身が、そのほうが安全と判断したからこそ、そうしたのだ。
「……あれか」
敵影を捕捉し、彼は目を細めた。
その大きさは小指の爪の垢にも満たないものであり、この察知は彼が一手先を行く結果となった。
「数は三……か? だが、警戒して損はないな」
余裕を持った様子で、司書は《魔導式》を展開していく。
それは次第に形を変え、通常の法則下から外れた形式に置換され、その完成と同時に藍色の輝きを見せた。
「私の影は誰にも追えぬ《存在隠蔽》」
詠唱と同時に、彼の姿は完全に消え去った。物質的な消失に留まらず、魔力、そして音などに至るまで全てが認知の外に逃れたのだ。
おそらく、この術がかつて天光の二人から逃れる際に使った《秘術》なのだろう。
どんな相手からでも逃れられる術、自身の認知を不可能にさせる術、これらによって彼は凄まじい生存率を維持しているのだろう。
いくら魔物とはいえ、《秘術》を前にすればその力は絶対ではなくなる。
何人も捉えることのできぬ黒影は距離を詰めていき、偵察対象を完全に目視した。
「(数は三体……一体は蟻型、残り二体は──なんだ)」
スタンレーであっても、残りの二体を形容する言葉は見つからなかった。
ただ、彼の脳裏に脳裏に存在していたのは──蠢く塊、といったところだろうか。
これでさえ、相手の座標や数が判明した時点で優秀な偵察兵に分類されるのだが、彼がそれだけで満足するはずもなかった。
「(攻撃を仕掛けるか? 二体の正体が分かれば上等、能力を炙りだせればこちらの勝ちだ)」
《魔導式》が展開されるが、それさえも不可視、探知不能のものだ。
ただ探知されない、というだけの効果であれば《秘術》を使う必要はない。そして、《秘術》であれば、これほどまでの効力を発揮してもおかしくない。
無論、強すぎる力にはひとつの制約が存在する。
攻撃、逃亡を含めた手札が六枚は揃った頃、彼は見切りをつけて大きく深呼吸をする。
「(藍眼が三体ならば、この量で十分に対応可能なはずだ)」
瞬間、魔物達が何かに気づいたように戦闘態勢に切り替えた。司書の姿は未だ現れておらず、魔力についても先ほどまでと同じだ。
しかし、彼の存在が探知できないとしても、莫大な導力を供給して発動する《秘術》については同様とはいえない。
「天空に雷鳴を轟かせよ!《雷雲招来》」
雷雲が術の範囲内に限定して発生し、凄まじい勢いで電撃の威力を高めていく。
蟻型の魔物が先行し、見えるはずのないスタンレーに向かって接近を開始した。これが命中する可能性はかなり低いのだが、彼は自ら《秘術》の効果を解除した。
瞬間、それまで完全に隠蔽されていた男が姿を現し、迫りくる魔物を睨み付けた。
「狩られる覚悟はできているか?」




