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──カーディナル西方の砂漠にて……。
「作戦、開始ッ!」
盟主の掛け声と同時に、彼を先頭にした志願兵団──カーディナル軍が突撃を開始した。
指揮官が先導を行うなど、軍隊の常識でいえば常ではなかった。
ただ、それが類を見ないものかというと微妙なもので、使い捨ての者を神輿とした突撃部隊などは少なからず使用されている。この場合にしても先導者は極まった無謀さ、勝利を疑わない盲目さが必要となるものだ。
そう、それが普通だった。
しかし、アリトは歴とした指揮官であり、この軍の大将だ。盤上の遊戯を得意とする善大王が見れば、たちまち卒倒しそうな光景である。
──いや、そうとも限らないかもしれない。これと同じ戦法で戦う王が、この時代にはもう一人いる。
閑話休題、今回の作戦で主力とされた者達は部隊の各地に散らばっていた。
アリトの付近を固めるはスラッシュ。広範囲への支援を要求されたアカリは隊列の中頃にいる。
肝心のシャドーについては、走りながらとはいえ、アカリでさえ捕捉できていなかった。少なくとも、この隊列についての情報は誰にも伝えられていないのだ。
「(魔物の一体が精神を覗く力を持っている、って話だったかね)」
前もって入手した情報については、主力の者だけが頭に入れているという状態であり、こうなると相手の透視能力が命中する確率は相当に低くなる。
ただ、運悪く当たってしまった時の為に、配置の情報は完全に遮断してある。魔物との戦闘経験が多くないカーディナルだが、戦略の柔軟性は首都に迫るものがあった。
前哨戦は羽虫との戦いが想定されたが、どうにも今回の一団は本当に大型だけでの襲撃を仕掛けてきたらしい。
とはいえ、それが藍色である以上は羽虫の有無は大きな影響にならない。
第一目標の捕捉と同時に、アカリは手に持っていた《呪符》を顔に近づけた。
『残る二体の位置は特定はできるか?』とアリト。
「……思ったより距離を取ってるみたいだよ。前方の一体からずいぶんと離れた場所に二つの魔力、こいつが先兵代わりってことだろうねぇ」
『分かった』
連絡を終えると、アカリは赤い仄光を放つ紙をポーチにつっこみ、意識の集中を開始した。
彼女はそこまで気にしていないようだが、この《呪符》を用いた通信術式は高い戦略的価値を有している。
各員にこれに近いものが配布され、通信を行おうと思えば誰でも会話が行えるという優れものなのだ。
術を不得意とする者や、術を毛嫌いする者達とでも微細な打ち合わせができると考えると、これは相当に便利である。
その上、既存のものと比べると《魔導式》の展開も必要とせず、純粋な通信速度はこちらが勝るときているのだ。
しかし、当然ながら弱点はある。これは一戦に備えた備蓄品であり、合計通信時間が半日ほど持つように導力がそそぎ込まれているが、それが尽きた時にはただの紙となる。
その上、対象の調整などの要素を大幅に省いている為、相手から遠く離れた状態では使用できず、繋ぐことができるのは同一導式で刻まれたものに限られる。
──それはまるで、警備軍が試験的に導入している通信機と瓜二つではないだろうか。




