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──カーディナル官邸内にて……。
「さすがは未来の領主様。すばらしい演説だったよ」
「茶化さないでくれ。前までの態度でいい」
「そりゃ難しいねぇ。町中でナンパしてきた男と、領主様じゃあ態度も変わるってもんだよ」
アカリがあの場に訪れていたのは、もちろん善意などによるものではなかった。
彼女をスカウトしたのは他でもなく、アリト本人だった。無論、その際には身分が伏せられており、依頼料というシンプルな条件に従って味方をしただけに過ぎない。
「馬鹿高い報酬だとは思ったけど、道理でねぇ」
「君の実力はそれだけの価値がある」
このように好評な仕事人だが、当人からすると何故に高い評価を受けているのか、それは分からないままだった。
彼女としては、密偵の能力やラグーンでの戦いが評価されていると考えるしかないのだが、本当は違っている。
善大王に手出し無用と言われながらも、自身の領地付近に軍隊がいると知っていたからには、アリトも警戒しないわけにはいかなかったのだ。
そこで、偶然にアカリの戦闘を見た。二百番台さえ使いこなす女性、闇の国にさえ味方するという異常性、それらの要素から彼女が《不死の仕事人》であることはすぐに判断できた。
普通であればそんな人物を自身の町に滞在させないものだが、これまた偶然に魔物の大量襲撃という危機的な状況が訪れ、悪魔に魂を売る勢いで彼女をスカウトしたのだ。
《選ばれし三柱》が藍色一体に相当する、というミネアの言葉を借りるのであれば、これで状況は大きく変わることだろう。
「──にしても、よく敵の位置が割り出せたねぇ。その上、能力まで判明済みとは」
「頼れる親友がいるもんでね」
「へぇ」
それが誰かは分からないが、彼女からすればどうでもいいことだった。
依頼の内容は単純明快。魔物撃破、危険と判断できれば逃亡も可とする。もちろんというべきか、報酬は前払いだ。
半額の支払いであり、戦闘終了後に残り半分が支払われるという流れである。途中でいきなり逃げ出すことも可能であり、防衛に成功すればボーナスが得られる──そういうルールだ。
相手の戦力を見た時点で、普通ならば匙を投げる。だが、逃亡が許されるともなると危機感が軽減され、莫大な額面に目が眩むのも条理。
仮にも商業家系に生まれただけはあり、拝金主義者の扱いは上手いものだった。
「それで、主力はどのくらいだい?」
「《盟友》から三名を出す。スラッシュと、シャドー、そして俺だ」
これにはさすがのアカリも驚いた。
藍色三体に対し、主力が自分を含めて四人しかいない──ということもそうだが、大将がそこに混じっているというのも相当に異常だった。
「正気かい?」
「ああ、勝算はある」
仕事人は肩を竦めた後、仕事を受けた以上は適当をするわけにもいかず、状況の確認に務めた。
「で、その二人はどんな奴だい?」
「先ほどの集まりに来ているという前提で話す。重装備の方がスラッシュ、剣戟を得意とする《盟友の盾役だ。黒いローブを羽織っていたのがシャドー、近接格闘戦を得意としている」
「へぇ、てっきり術者かと思っていたけど、タフガイだったんだねぇ。それで、あたしが後方支援担当ってことかい? 防御はそこまで得意じゃないよ」
「だから、俺達も直撃しないように立ち回る。敵からも、君からの攻撃からも」
「そりゃありがたいもんだね」
そこでふと、彼女は疑問を抱いた。
「魔物の調査を行ったっていう親友君、こっちに寄越すことはできないのかい?」
「……可能であれば、彼の協力もほしかった。だが、相手は相当に厳しかったらしい」
「瀕死になって情報を持ち帰ったってことかい。素人仕込みの偵察兵にしては立派な心掛けじゃないかい」
「いや、彼は外傷を負ってはいない。ひどい疲労で戦闘の参加が望めないんだ」
これだけ聞くと、ずいぶんと間抜けな話である。
魔物三体から逃げおおせるだけの実力を持ちながら、ただの気疲れだけで戦闘不能になるなど、まるでノミの心臓を持つネズミだ。
それはそれで諜報員としては便利だが、凄まじい精神性を持つ暗部畑のアカリからすると、とても珍しいものである。
──彼が三体の魔物と戦い、能力を探り、そして逃げるまでに死亡した回数を知っていれば、珍しいではなく凄まじいに変わっていたことだろう。




