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──火の国、フレイアにて……。
「……なんですって?」
ミネアに問われ、今にも出発しようとしていたトリーチは答えた。
「カーディナルに、魔物が襲来した」
「そんなのは一度言われただけでも理解しているのよ! ……魔物の規模は?」
「藍色が三体──今まで聞いたこともない規模だ」
ミネアはトリーチから伝えられた情報を聞き、唖然としていた。
海上部隊からの報告により、かなりの数の魔物が首都フレイアを襲おうとしている、ということは彼女も認知していた。
これが協力関係を結んだ水の国からの報告だというのだから、ミネアからすると相当に気にくわないものではあったのだが、事実であるのは火をみるよりも明らかである。
しかし、そうした状況で首都の防備が進む中、同時期に二カ所への攻撃が行われるなど、想定の範疇から外れた展開だ。
今までのフレイアであれば、これを見逃すというのが自然な流れではあったが、今回はそう簡単に割り切れない。
なにせ、襲撃を行う魔物は海岸から上陸する為、南方の守りを重点しなければならない。その状況下で、カーディナルが取りこぼす──もしくは壊滅する──ような事態になれば、南北からの同時攻撃に発展しかねない。
《選ばれし三柱》が三名で一カ所を防衛するという、贅沢な戦力を有しているフレイアだが、さすがに挟み撃ちともなると対処しきれない。しかも、トリーチの報告が正しければ、カーディナル陥落はもはや確定事項だ。
そうなれば、北部からの魔物が首都に到着するのと、南方から上陸してくる魔物の到来は完全に同時刻ということになる。順番に対処をする余裕は僅かにも存在しない、ということだ。
「フレイア王には話したのかしら?」
「いや、話していない」
「……賢明ね。あの人じゃあ、たぶん言っても聞き入れてくれないわ」
「ああ、だが俺も命令を受けている身だ。せめて護衛対象には断りを入れてから、ここを出て行くつもりだ」
何となく、という曖昧な感触ながらも、彼女はこの返答を予測していた。
トリーチは三人の《選ばれし三柱》と比べると、明らかに劣る戦力でしかない。
しかし、火の国の戦力内で言えば四番目には食い込むだろう。飛行や高速移動を可能とする超常能力者という時点で、普通の人間とは一線を画しているのだ。
そのような人材を手放すはずがない。カーディナルの自由を認めているのも、彼が首都防衛に貢献していることが大きく影響しているのだから。
「勝算は?」
「……」
「でしょうね。いくら砂漠の住民を集めたといっても、その戦力は十全とは言えないわ。藍色の個体は一体でさえ、あたし達《選ばれし三柱》の一人に相当するのよ」
「行くな、といいたいのか?」
「あたしも行くって行ってるのよ」
若き超常能力者は目を丸くし、護衛対象の顔をじろりと見つめた。
「あんたの言いたいことは分かるわ。でも、カーディナルが陥落されると、王家としても不都合なのよ」
「だが、一人増えたところで状況が打開できるとは──」
「藍色は一体でも《選ばれし三柱》に相当する──あたし以外ならね」
彼女の瞳には、その属性を投影したかのような赫々たる炎が揺らめいていた。
「だが、姫を連れ出したと知れれば……いや、向こうで死ぬようなことになれば」
「大丈夫よ。この火の国──砂漠にいる限り、あたしは死なない。それに、向こうであたしが死ぬような事態になっていたら、どっちみち後で死ぬことになるわ。それが後になるか今になるか、それだけの差よ」
ここで進まなければ、死が──滅びが確定するのだと彼女は確信していたのだ。
だが、これは死にに行く戦いなどではない。自分を含め、生き残る為の戦いだ。そして、その手を打つには、彼女が一人で赴くしかない。
「目視しているってことは、もう戦ってるのかしら?」
「いや、交戦まではまだ少しの時間があるはずだ」
「なら、問題はないわね。運ぶのが軽いあたし一人なら、正面衝突の時には間に合うでしょ?」
暫し迷った後、トリーチは頷いた。
「すまない……ありがとう、ミネア姫」
「姫なんてつける奴だったかしら? ミネアでいいわ」
互いに言葉を交わし合うと、早速出発の準備を進めた。




