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正しい返答であり、なんらおかしい点はなかったのだが、善大王は黙って考え込んだ。
「……フィアが普通を語るのか」
彼は真面目に発言したフィアを茶化し、彼女の横になっているベッドに倒れ込んだ。
顔が間近に迫ると、最近はよくある状況であるにもかかわらず、彼女は顔を赤くしてしまう。
「ま、お前が俺を想ってくれていることは分かった。ありがとな」
「うぅ……らいとぉ」
今にも唇を重ねあわせそうな雰囲気と見たのか、フィアは目をぎゅっと閉じ、口許を無防備に緩ませた。
……が、彼はそんな彼女の額を指で突き、目を開けさせる。そして、少し怒った顔で言葉を紡ぎ始めた。
「だが、そりゃ余計なお世話だ。俺は俺の好きでやってるんだ、フィアにもそれを認めてもらいたいもんだけどな」
甘い声を漏らしたフィアだが、これには同意できないと、首を振った。
「頑固なお姫様だな。仕事を邪魔するのは、この口か?」
「……っ」
彼は自然な動作で少女の唇を奪い──舌の動きさえも支配した。
「(フィアはどこで変わった? 雷の国での一件からか? それとも──いや、これは正しい成長だ。俺に背き、普通を理解できたなら、それに勝るものはないはずだ……)」
少女を恍惚とさせながらも、彼は常に頭を悩ませていた。
彼自身、自分の在りようが正しいものではないことを、誰よりも強く自覚していた。
シナヴァリアやガムラオルスは、自分の在りようを世界の基準に押し上げようとしていた──だが、彼はそう思っていない。
倫理観に支配され、感情に支配され、多少物事が正しく見えなくなる程度が正常な人間であると、彼は理解していたのだ。
フィアは物事がなにも見えず、妄想だけで全てを語っていた。それが、今では常識を思考の拠り所にするまで成長し──世界を知り、人間の異分子である彼を否定した。
それは彼が最初に望み、ここに至るまで進めてきた教育の賜物であり、完成系でもあった。
「(しかし、これが本当に俺の望んだものだったのか? その普通を誰よりも嫌っていたのは、俺なんじゃないのか? 普通に安堵し、異常の排除に高揚する者を、俺は嫌っていたんじゃないか?)」
彼の脳裏に女性の姿が浮かび上がるが、水泡が破裂するように、淡いイメージは消えていく。
女性、とはいったが、それは通常であれば少女に分類されてもおかしくない年齢だ。もちろん、フィア達のような幼女よりは一回りほど大きいのだが。
「(常識を知らないが故に縛られず、自由で、無限で……それこそが、俺の好いていた幼女の在り方なんじゃないか?)」
善大王の思考は何かに衝突した。
そもそも、どうしてこのようになったのか、彼はそれを思い出すことができなくなっていた。
フィアに抱いた感情が恋慕であることは間違いなく、であるならば、彼女が少女のままであり続けることが理想のはずだった。
「(フィアの成長を促したのは、ビフレスト王の為……? いや、俺が大人の都合の為に子供を──幼女を利用するなんてあり得ない。なら、なにが始まりなんだ?)」
視界がホワイトアウトすると、彼の思考は一時的に停止した。
それが再起動した時、悩みの種だった少女は既に眠りに落ちていた。彼はというと、毛布も掛けずに彼女の寝顔を覗き込んでいた。
「……いや、くだらないことだな。フィアがこうして元気ならば、なにも問題はないじゃないか」
結論を導きだしたかのように、それまで頭の中を支配していた無数の思想を一つずつ消していき、電気照明を落とした。




