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「──では、宰相の処刑は秘密裏に行うとしよう。死の事実のみを民に伝える」
そう言ったのは、いまやライトロードの中心人物となったタグラムだった。
彼は宰相の役職を奪うつもりも、地位の向上も狙っていない人物と知られていたが、誰もが彼を一時的な代表としていたのだ。
我欲に縛られないということもそうだが、彼がシナヴァリアの悪事を突き止め、危険な人物の捕縛に成功したのだから当然といえば当然の采配とも言える。
「それが最善だな。民の前で断首に処そうものなら、皆が卒倒しかねない」
首魁に続くように、発言力を増した神皇派の貴族が同調した。
「では、宰相に代わって軍を指揮する者についてだが──これはダーイン殿に任せようではないか」
常々正統派と諍いを起こしている──と思われている──神皇派が他の派閥から代表を選出するとは、と貴族や重役達は沈黙しながらも大きな驚きを見せていた。
「彼は第三位司令官だ。第二位を欠いたとあれば、彼が代行するのは当然なことだ」
驚きに続き、会議室の面々はひそひそと話し始めた。
特にその傾向が強かったのは神皇派の貴族であり、人数は四名ほどではあったが、タグラムの予期せぬ発言に困惑しているように見えた。
しかし、肝心の首魁はというと「打ち合わせ通りだろう?」とでも言いたげな顔でダーインをみていた。
「戦についてはその道の専門家に任せるべきだろう。無論、不足が出るような事態に陥れば、その時は我らも助力しようではないか」
態度の悪いタグラムがこうも礼節を重んじて動くなど、誰も予想していなかった。事実、ダーインでさえ神器を使うまでは、その意図を探り切れてはいなかった。
「(宰相殿の追い落としが容易に済んだものだから、その後の国家運営を見据えているのだろう。ここで私に花を持たせることで、後々の協力を断れなくしたいのだな)」
そもそも、シナヴァリアが自ら投降することなど、当初のシナリオには存在していなかったのだ。故に宰相の制圧──これは殺害も含まれる──という展開か、二派閥による強行排除に限定されていた。
この両方が空振りに終わったからには、正統派を共謀者にすることは困難である。
共謀者でなければ、日頃の関係性から反対派として妨害してくることも、善大王への申し開きで物言いをつけてくることもあり得る。タグラムはそれが好ましくなかったのだ。
「皆、これに不満のある者はいないな?」タグラムは締めに入った。
「異議があるのだが、よいだろうか?」
会議場に集う全員が、その人物の発言に驚愕していた。神皇派の首魁については、全員のそれを合計した以上のショックを覚えたに違いない。
「な、なにを言う……」
「私にはその立場につく資格がない」
「お前以外に誰がいるというのだ?」
首魁の口調は普段のそれに戻っており、今までの紳士的な態度が取り繕ったものであることが露見──もとより知られていたが──した。
「話を巻き戻すようで悪いのだが、宰相殿が悪事を行った証拠はあるのか?」
「……それは国庫の消費をみれば明らかであり──」
「それがどういった目的で使用されたのか、どこに持ち出されたのか、その証拠はあるのかと聞いているのだ」
ここに来て、タグラムは理解した。ダーインは──正統派はやはり敵であるのだと。
「シナヴァリアが自ら認めた以上、疑う余地はないのでは?」と神皇派貴族。
「記録を確認する限り、彼が悪事を行ったと認めるような発言はなかったはず。天の国との協定を結ぶ、という言葉から目的や行き先は想定できるが──その証拠は掴めていないのでは?」
そう、本当ならばシナヴァリアに精神的な苦痛を与え、最終的にその証拠を吐き出させるというのが狙いだった。
これがあっさり回避されてしまった以上、具体的な材料は大きく欠けている。事実として国庫から金が消えているのは確認できるが、その出先が分からない以上、証拠としての強度は弱いのだ。
「……確かにそうだ。しかし、それがどうしたという? あの者が悪人であることが民も周知だ──証拠云々で覆る段階ではない!」
「その証拠を提示すると言ったら、どうする」




