3n
──光の国、ライトロード城にて……。
「──とのことですが、どのように手を打つつもりで?」
執務室に訪れたダーインはシナヴァリアに問いつめていた。
最初から懸念していた問題を突かれたと感じているだけに、彼の不機嫌さは目に見えるほど明らかだった。
感情を露わにするなど、貴族としての技術を身に付けていない素人のように感じられるが、彼の場合はそれどころの話ではないのだ。
ここで策が崩れ去るようなことになれば、費やした莫大な国庫金が丸ごと無駄遣いということになる。それこそ、ただ天の国に渡したようなものだ。
「町の一つを天の国が使用できる拠点に作り替える。部分的な領土譲渡で折り合いをつける」
「この上、さらに国を売り渡すと?」
「天の国との協定が急務であることは、そちらも理解の上だと考えていたが? ここでの手抜かりは後々大きく響いてくる」
「ならば、国内の理解を勝ち取る方が優先では」
宰相の打つ手はひたすらに天の国側へのアプローチだ。自国民に対しては秘匿、無視を決め込んでいる。
ダーインからすれば、これは不可解な行動としか思えなかった。ビフレスト王が条件として提示してきてもなお、悪手を続けるということも含めて。
「二勢力を説得する以上に、あちらの国の譲歩を促す方が簡単であり、早く行える。その上、ビフレスト王も自国貴族が総反論しようものなら、意見を引っ込ませるほかにない」
いくら王が最高位に位置する国とはいえ、この戦時中に貴族全員が造反するような事態は避けるはず。
シナヴァリアの提示した額面というのは、相手の貴族を一時的に裏切らせるには十分な額だった。たった数日でも全兵力を失うともなれば、状況を選んでいられなくなるのだ。
この交渉の勝負どころは、おそらく一週間後にある。警告、離反、その収拾──その全てが終えられるのがおおよそ一週間。
だが、彼は間違いを犯していた。
故郷で彼の父親が青年の過ちを正していたことを、彼は知らない。
人の心を考えず、そのまま突き進んでしまった人間がどうなるか。一歩手前で踏みとどまったガムラオルスとは違い、彼はそれを自分の身を以て知ることとなる。
扉をノックする音に気付き、シナヴァリアは席を立った。
彼はダーインにクローゼット内へ入るように促し、彼が隠れたのを確認してから扉に近づいた。ノックはまだ続いている。
「誰だ」
「タグラムだ」
口調の荒さは明白だった。いくら宰相を嫌う神皇派とはいえ、ここまで直接的に悪態をつくことはない。
「入れ」
そう言った瞬間、扉を叩き開けて十名の武装兵が執務室に飛び込んできた。
全員──もちろん、タグラムも例外ではない──は武器と防具を装備しており、容易にはこの場を潜り抜けられないという感触を与えた。
これはシナヴァリアとて例外ではなく、文官装束で丸腰という不利な状態では、無傷での突破は困難である。
「何の騒ぎだ」
「宰相シナヴァリア、お前の悪事は既に暴いている。おとなしく罪を認めるというのであれば、殺すことだけは勘弁してやろう」




