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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
713/1603

15f

 ──同日、夜の山道にて……。


「ガムラン!」


 背後から聞こえる声に気付き、ガムラオルスは振り返った。


「なんだ」

「えっと……散歩?」

「そんなところだ」


 顔に笑みはない。冗談のニオイは微塵(みじん)もなく、愉快に散策しているようにも見えなかった。


 このままであれば、ガムラオルスは里を抜ける。

 彼女はそれを確信していた。だが、それを言葉にし、止めることはできなかった。

 その一言が深い海に沈んだ可能性を手繰(たぐ)り寄せ、現実に変えてしまうのではないか、という恐れを感じていたのだ。

 渡り鳥は強い少女だった。しかし、彼女は伝説の英雄(カルマ)や神などではない。人間としての心を持ち、人間の弱さを抱えていた。


 できることであれば、想い人との別れなどという展開を考えたくもないのだ。人が常に死から目を背け続け、酒や一時の快楽で現実の苦痛から逃避するように。


 彼は言葉を詰まらせているティアから視線を逸らし、(こく)洞々(とうとう)たる闇に足先を向けた。


「(だめ……行かないで)」


 必死の抵抗のように手を伸ばすが、彼の歩みに合わせて二人の距離は開いていく。


「(だめ……駄目っ! ここで止められなかったら、もうガムランに会えなくなっちゃう! そんなの嫌っ! 絶対に嫌っ!)」


 ガムラオルスの視界は──全神経は深い闇に向いていた。背後に立つ新任の長など、眼中になかった。

 だが……。


 風が吹いたかと思うと、彼の視界は大きく揺れ、背中に凄まじい衝撃が走った。


「ガムランの馬鹿ぁあああああああああああ」


 叫びと共に、彼の体は宙を舞う。背中を掴まれ、そのまま引っ張られたのだ。

 咄嗟に《翼》を発生させようとするが、意識するよりも先に推力が発生する。


「なッ……!?」


 空噴(からぶ)かしを起こしたように、《風の太陽》はつんのめる。普段であれば、脚力で転倒を防ぐが、今は靴底が接地していない。

 勢いよく叩きつけられ、彼の全身は地面にめり込んだ。


「くっ……なんの、つもり……だッ!」


 《風の星》が放った全力の投げ技なだけはあり、さすがの彼も冗談ではないダメージを負わされた。

 しかし、怒りによって彼女の姿を捉えようとしたからこそ、彼はそれを認識した。


「……ティア」


 今まさに殺人級の攻撃を放ったばかりだというのに、少女の顔は涙に濡れており、英雄などと(はや)し立てられていたとは思えない顔で泣いていたのだ。


「ごめん……ごめんねガムランっ……でも、でも私、どうしたらいいのか分からなくて……だから、だから!」


 自分を退け、長となった巫女がただの少女にすぎないのだと、彼は悟った。

 両者の年齢差は|ささやかなものでしかないが、今の彼女は実年齢を感じさせない幼さを持っていた。

 だからこそだろうか。彼はほんの少し前まで囚われていた憎悪の感情を忘れ──いや、あまりの馬鹿らしさから競争心を失った。子供になにを言われようとも、本気で怒り出さないのと同じだ。

 泣き出したその瞬間から、彼女は英雄の生まれ変わりなどではなく、か弱い一人の少女となったのだ。


「英雄サマがそんなツラをしていたら、全員の士気が下がる」

「でもっ……がむらん……」

「それが長となった者の責任だ。自ら選んだ以上、背負っていかなければならない(さだ)めだ」


 ティアが泣きやまないと見ると、彼は観念(かんねん)したようにため息をついた。


「重いというなら、少しくらいは支えてやる。それくらいならば、英雄落伍者(らくごしゃ)の俺にでもできる」


 ガムラオルスの瞳には、いくつかの星が映り込んでいた。月光によって煌めく、大粒の涙。

 彼の踵は、深い闇の方に向いていた。



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