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言い争い、睨み合う二人に対して、ティアはなにも言えなかった。
彼女はガムラオルスが危惧した通り、統率者としての知識や意識が欠けていた。
だからこそ、親と想い人の対立を止めることができなかった。どうすれば止められるのか、それが分からなかった。
「ガムランがそう言うなら、私じゃなくてガムランが……」
「それは認められない」と族長。
「でも、よく分からないけど、私じゃうまくやれなさそうだし」
ガムラオルスは、なにも言わずに黙っていた。彼女に便乗し、その意見を押し通させれば目的は達成できるというのに、それをしなかった。
「案ずるでない。不足は皆で補えばいいだけのことだ」
「でも……」
「私情でティアを長にしたと思うのか?」
族長はそう言いながら、候補の一人だった青年を一瞥する。
「そう……じゃないの?」
「ティア、お前をカルマの生まれ変わりのように喧伝してみせたのは、皆を奮起させる為だった。しかし、それだけではないのだ」
「では、何だという」ここに来て、ガムラオルスは口を挟んだ。
「カルマは長い時間を地上で過ごした。冒険者として、女騎士として、多くの人々から尊敬され、必要とされた。だが、彼女は風の一族の人間であり続けたのだ」
ティアは依然として理解していない様子だが、もう一人は言わんとしていることを察し、顔を顰めた。
「如何なる場所にあっても、どれだけ高い地位に昇り詰めようとも、彼女は常に自分を保ち続けた。地上に染まり、地上の法則に呑まれることもなかった」
「外の文化に被れた者は異分子、とでも言いたいのか?」
「逆だ。ティアが異常なのだ」
「なんだと……?」
「私はせがれがカルマの後継者になりうるのではないか、そう考えていた。だからこそ、無謀な貴族が押しつけた外の書物を渡し、力をつけさせた」
かつて憧れていた人物の姿が過ぎり、青年は沈黙する。
「外の世界に行きたいと望み、それを族長に告げるなどという愚行を犯した者など、いままで見たこともなかった。だがそれは、伝説のカルマの軌跡をなぞっていた。だからこそ、信じた」
「あの人は一族の誇りではないのか? このような僻地に置かれながらも、外で高い地位を勝ち取った──」
「あれは地上に迎合しただけにすぎない。そしてせがれもお前も、同じような道を辿った」
シナヴァリアのその後は、既に知るところだろう。
彼は地位を得た後、風の一族を解放する為の力を求めた。光の国の宰相となることで、国家を運営していく知識を身につけた。
その結果、自分の故郷を光の国に売り、長い歴史に終止符を打とうとした。完全なまでの裏切りだった。
ガムラオルスの思想を引用すれば、歴史とは細部の異なった繰り返しである。つまり、彼の行動も風の一族の歴史を終わらせるものになりかねないのだ。
そうと分かっていて、彼に自由を許したのは──ティアが戻らなかったからだ。彼女さえも地上に染まるような状況であれば、遅かれ早かれ一族は消滅する。
その際には、この山に住まう者の命を優先し、自ら外の文化に迎合する覚悟を決めていたのだ。
連れ戻されたティアが彼女であり続けたことにより、この展開は覆されることになった。この時点で、折衷案成立の道は完全に閉ざされたということである。
 




