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──風の大山脈、本家の里にて……。
「──我ら風の一族は、大きな脅威と対峙している。それは古き時代、カルマの時代のものに匹敵するやもしれぬ」
ウィンダートの演説を聞いていたのは、山に住まう風の一族──その全員であった。
群衆の集いは少数精鋭という印象を抱かせる一族とは相反し、里の外にまで人があふれているほどだった。
中には女子供も混じっている。彼ら、彼女らもまた戦士であり、立派な戦力の一つであった。
全員が全員、老若男女の誰もが伝説上の部族にふさわしく、高い身体能力を有していた。故に、長の顔さえ見えぬ場所にあっても、これを聞き取ることを可能としていた。
「そうした危機の中、我らは再び一つとなり、脅威に立ち向かおうとしている──だが、今のままではそれも完全な形とはいえない」
皆が息を呑んで見守る中、一人の少女が長の隣に並んだ。
彼女はそれまでの戦闘民族──時代遅れの者達ともいう──らしい格好ではなく、一族内で言っても特異な姿をしている。
長い袖やスカート、アンダーウェアが透けて見えるほどに薄い布地など、おおよそ戦闘衣とは思えない要素が多く、風属性の属性色である緑色の染めが唯一の共通点とさえ思えた。
これが地上の貴族などが趣味で行っているのであれば、十分に理解もできよう。しかし、ここは世間の流行さえ知らぬ、閉鎖的社会の代表──風の大山脈だ。
しかし、年老いた者達はすぐさま反応した。年甲斐もなく興奮したというわけではなく、あり得ないものが目の前に現れたといった様子だ。
「あれは……」
「カルマ様の衣じゃ」
そう、この衣装は古き時代──今より何百年も昔の時代に作られ、使われたものだった。
伝説の英雄として伝わるカルマ、その彼女が強大な魔物との戦いの中で身に纏い、そして遺していったものだった。
その存在を知る者は少なく、老人達でさえその実在を信じてはいなかった。
「その通りだ。今ここに、風の一族は《風の巫女》であるティアを頂点とする。如何なる場合にあっても、彼女が命じた際にはそれを最優先とせよ」
常識的に考えれば、横暴もいいところであった。
最上位命令権を持つ族長が、それを自身の娘に委譲したとして、彼が特別利益を得ることには繋がらない。
そうであっても、長をこのような少女に据えるというのは、誰もが納得できるものではないだろう。
普通であれば、これは成り立たないのだ。普通の──地上での常識が存在していれば。
「ああ、巫女様! 我らをお救いください」
「風神様に選ばれた巫女様であれば、私達を統べるには相応しいお方だ」
ウィンダートが当初に予想した通り、全員がこれに協調した。
ガムラオルスの構築した防衛計画により、里は大きな被害を被っておらず、人的損害も数えられる程度に止まっている。
それにもかかわらず、彼らは本能的に救いを求めていた。過去に英雄がそうしたように、根源を抹消してくれることに期待しているのだ。
「(これが閉鎖的社会の在り方、か)」
高揚する群衆の中、《風の太陽》は一人醒めた様子で状況を見ていた。
「(民が神や英雄に縋るような時は、その集団が敗色濃厚になった時だ)」
古き時代と今の時代、その大きな違いはここにあった。
かつて災厄が襲った時には、カルマだけが外の世界を知っていた。だからこそ、彼女は一族のなかでも突出した存在となれた。
だが、今は違う。ここにはガムラオルスという、もう一人のカルマを継ぐ者がいた。一族の危機的状況を第一に打開させたのは、他でもなく彼だった。
皮肉のように生まれてしまった、二人の最強。その矛盾に、未だ誰も気づいていなかった。




