11x
ライムと顔を合わせながら、アカリは後ろ手で窓の鍵をあけた。
後は勢いよく叩き開け、そのまま町の外まで走り抜けるだけだった。眼前の少女の気が逸れる一瞬こそ、それを成し遂げる唯一のタイミングだった。
「では、お別れの挨拶としまして──一つ余興を」
「……?」
刹那、妖しい笑みを浮かべた少女の隣に、光沢のない鏡が置かれた。
「(いや、こりゃ鏡じゃないね──こりゃ、あたしだ)」
まるで姿見をのぞき込んでいるように、細部までそっくりな偽物がそこに立っていた。
そこから感じる奇妙さは、自分の姿と反転していないことであった。鏡であれば、左右が逆転するはずだ。
「この幻術は外の方々にも見えていますのよ? 予行演習としては最適ではなくて?」
事前にやられてしまえば、対策も打たれてしまう。アカリは咄嗟にこれを妨害しようとしたが、それを上回る速度でもう一人の自分が彼女を突き飛ばした。
そして、仕事人が脳裏で思い浮かべていたのと同じ動作で窓を叩き開け、暗部でも随一だった動きで宿屋の外に飛び出した。
開いた窓から、外の状況が音として流れ込んでくる。
混乱、罵声、それらに混じって詠唱などが反響した。
しかし、無数の刃を掻い潜り、エース暗部の幻影は屋根の上を駆ける。
ようやく起きあがったアカリは外の様子を見て、確信していた成功を他人事として──客観的に見つめることとなった。
「どーにも、お嬢ちゃんの方が上手だったみたいだね」
「ええ」
次の瞬間、人間のものとは思えない軌道を描き、一人の男が幻体のすぐそばまで跳躍した。
口許を僅かに動かした後、彼は幻影に攻撃を命中させることもなく、予定の二倍ほど離れた高さにまで到達した。
そうして、可能性のアカリはヴァーカンから離脱した──が。
次の瞬間、空振りしたかのように見えたカッサードは蹴りの姿勢を取っており、流星の如くに二束の赤を打ち落とした。その刹那、彼の口はまたもや動いていた。
「カッサード様は、制止を呼びかけていましたわ」
「……」
「そして、あなたならば応じずに逃走することをお選びになることでしょう。実力で避けきる方を信じるのでしょう」
まさしく、あれはアカリの可能性だった。スタンレーが幾多に捨て去っていく、可能性の中の自分だった。
「さ、お送りいたしますわ」
「ご厚意に甘えるとするよ」
仕事人は、敗北を認めた。
ライムは自分の計画を全て見透かし、それを実演して見せた。彼女がいるかぎり、全てが先読みされる。
しかし、もしも彼女を始末できたとしても、事情を全く知らないカッサードはアカリを殺せるだけの実力を持っていた。
この場における解決策は、両名の撃破。ただし、それができることではないことは、他でもない彼女本人が最も理解していた。




