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──火の国、ヴァーカンの宿屋にて。
「……さてさて、これで約束は果たせたかい?」
「ええ、満足ですわ」
「なら、あの厄介な連中をどーにかしてくれんかね」
この宿屋は絶景を望む為、ほとんどの部屋が海側に窓を置いているが、彼女が選んだ部屋は入り口方向──つまり町並みが窺えた。
カーテンに小さな隙間を作り、外の様子を改めてみると、今にも突撃をしかけようとしている筋肉集団が目に入る。その中にはまばらに第五部隊の者達も加わっており、物騒さを加速させていた。
「あら、最高のボディーガードだと思いませんこと?」
「そりゃまぁ、あれが回れ右してくれりゃあその通りだけどさ……ムサいけど」
「それは了解しかねますわね」
「だろうねぇ」
アカリがライムの通信を手伝ったのは、頼まれたからなどではなかった。
いや、頼まれてはいるのだが、素でいきなり頼まれたわけではない。警戒に警戒を重ねた状態で連絡を行おうとした際、不運にもそれを目撃されてしまったからだ。つまり、脅しである。
とはいえ、闇の巫女がめざとくその時を待っていたのかと聞かれると、そうではない。彼女の失態を目にしたのは、バロックだったのだ。
それにより、仕事人は処刑の一歩手前まで追いつめられたのだが、ライムが助け舟を出したことで九死に一生を拾った。
そう言った経緯で、宿屋前で待機している軍団は自国の姫が下す判断を待っているのだ。ただ一言、「消してくださいまし」と口にするだけで彼女は死を賜たまわることになるだろう。
「本当でしたら、あなたにはここで消えてもらうのがスジなのですが──はい、見逃しますわ」
「はは、本当なら恩赦に感謝しなきゃだねぇ」
「疑うたぐり深い方ですこと。わたくしとしては、ディード様をここまで連れてきてくださったことには感謝していますのよ」
「……あの隊長さんが、そんなすごい奴だとは思わないがねぇ」
自分の首筋に切っ先が触れ、皮膚の弾力によってどうにか刺さらずに済んでいる、とも言える危機的状況にもかかわらず、仕事人は態度を改めようとはしなかった。
「人を見る目をお持ちのようで。わたくしから見ても、あのお方にはもう・・何かを成し遂げるだけの力はありませんの」
「そんな相手に、あの化け物退治を命令するなんて、無茶にもほどがあると思うよ」
「そこまでせっついたつもりはなかったのですが、王の器なのか気を張りすぎてしまったようで」
「ま、そっちが無駄骨を折っても、あたしゃ金さえもらえりゃ文句はないけど」
「いえいえ、感謝していますわ。あなたが協力してくださったおかげで、《火の太陽》を燻り出せましたわ」
ここでようやく、アカリは事態を把握した。
あの作戦、後の祭りのように分析してみても、成功する見込みは僅かにもなかった。
アカリが伝えられていた偽の目的、スワンプの制圧であれば十分に可能だったかもしれないが、ウルスの撃破を狙っていたとすれば不可能としか言いようがなかった。
相手の存在を知らなかったならばともかく、第五部隊の者達は当初から目的としていただけはあり、ある程度の情報を有していた。そうなると、これが無謀な作戦でしかないことが分かる。
「(でも、最初からオッサンを引きずり出すのが目的だったとすれば、あの村に威嚇をするだけで十分さね)」
こうなると、勝利条件は急激に容易なものとなる。
該当する人物が巻き添えを嫌い、村を離れる程度の規模で襲撃を仕掛ける──これだけだ。勝敗は一切介在しない。
「どーりで妙な作戦だと思ったよ。にしても、ネズミ一匹を掃き出すだけで、あんな人数を使うもんかねぇ」
「目くらましですわ。闇の国が眠れる獅子を起こした、などという状況は不自然極きわまれますの」
「……闇の国以外の思惑かい?」
「さ、わたくしの口からはこれ以上申し上げることはできませんの」
アカリは戦っていた。死が全方向から迫り来るという状況に置かれながらも、仕事人としての──密偵としての任を果たそうとしていた。
そして、この時点で既に十分な情報を獲得していた。あとは、これを雷の国に持ち帰れば彼女の勝利条件は満たされる。
「では、町の外までお送りいたしますわ」
「……んにゃ、お嬢ちゃんにそこまで迷惑は掛けられないよ。あたしゃこれでもオトナなんでねぇ」
「それはそれで愉快そうではありますが、わたくしも無駄話するほど暇ではありませんの。一人で宿屋を出ようものなら、すぐさま八つ裂きにされますが──それでもよろしいというのであれば、これ以上引き留めるような真似はしませんことよ」
彼女としては、逃げきれるという確信は存在していた。幸い、この部屋は二階にある為、家屋の屋根を飛び移っていけば、地面で構えている男達を抜きされるかもしれない。




