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──雷の国、ラグーンにて。
ライカは贅沢品に変わり始めた菓子類を貪り、王家の特権とばかりに空腹を甘味だけで満たした。
「やっぱり、シゴトなんてらしくねーし」
シゴトというと魔物との戦いを想像しがちだが、彼女の場合はヒルトの子守り──と言えるかは怪しいが亜──のことを指しているようだ。
時間を自由に過ごし、したいことをし、休みたいときに休む。それこそが彼女にとっての安息であり、それは戦争の最中でも変わらない。
──だが、その安息は子守りの最中も得られていたのではないだろうか……。
食後の運動とばりに、城地下町へと赴こうかとした刹那、彼女は気を害する音を認識した。
「(あのクソ女の通信だし……)」
渋々と通信術式を開くと、応答した。
『よっ、ビリビリ姫。最近はどーよ?』
「アンタのせいで最悪だし」
『そりゃ結構だねぇ──で、本題に入るとするかね。闇の国の連中、そろそろ帰るみたいだよ』
あまりに突飛な話題に、ライカは扉に掛けた手を引っ込めた。これは散歩しながら聞く話ではないと判断したのだろう。
「帰るって、どこに帰んの? そもそも、なんでそんなことになってんの」
二人が連絡をしたのはスワンプ侵略の少し前であり、それからは音信不通となっていた。
そんな状況からいきなり撤退の話が飛び出したのだから、経過を知らない電撃姫からすれば驚きどころの話ではない。
『そりゃ、闇の国にさ。本当は雷の国の港を借りるつもりだったんだけどねぇ……なんと! 闇の国から迎えの船が来ていたってわけさね』
ツッコミどころの多い言葉だったが、少女はその中でも重要なことから処理──することはできなかった。
「はぁ? なんでラグーンがクソみてぇな国の手助けをしなきゃなんねーし」
『そうカッカしないことだよ。苛立ちはチビを加速させるよ』
「はぁああああああああ?」
『ま、本音で言うと連中が自暴自棄にならないようにだよ。もうバテバテだったけど、それでも民間人を襲うくらいは易々とできるような奴らだろうしねぇ』
聞こえはいいが、これも建前である。彼女としては支払いを反故にされるのが恐ろしかったのだ。
「んで、迎えってのはなんのことだし」
『火の国のヴァーカンって場所に、船が来てたってことさね。崖っぷちに上陸して、そこからオーバーハングありの断崖絶壁をクライミングしてきたってさ……いやぁー闇の国ってのはすごいところだねぇ』
迫り出した岩壁、というのもなくもなかったが、さすがの彼らもそこは避けていた。そういう意味では誇張を含めた言い分だが、やろうとすれば十分可能なことだろう。
「……それで、アンタは今どこにいんの?」
『えっ? 今はヴァーカンだよ。まだみんな出発してないしねぇ』
「はぁ? もしかして連中の前で通信してんじゃ──」
『いえいえ、わたくしが部隊の皆々様にはご遠慮していただきましたので、聞き耳を立てている方はおりませんのよ』
長い沈黙が入った。
アカリが馬鹿げた演技でお嬢様風を装っていただけであれば、憤りのままに通信を切るだけで解決していたが、その声は明らかに彼女とは違っていた。
そして、その声にはいやなほど覚えがあった。
「アンタ……ライム?」
『ええ』
「おいクソ女! 勝手に敵国のオンナに内通しやがって!」
『あらあら、ライカちゃんの口調はずいぶんとひでーものになっているようで。むしろ、あの声の脅しを受けていてその様子なのですから、お元気そうでなにより──と、言うべきですわね』
ある意味、本質を突いていた。
あの後のライカの自暴自棄で、絶望に満ちていた状態と比べると、この荒れきった態度でさえまだマシと言える。
『ありゃ、まずかったかい? なんでも《星》のダチってことだから、通じているもんだと思ったんだけどねぇ』
「はぁあああああ? アンタそれでも仕事人!?」
『まぁまぁ、わたくしが闇の国にそこまで肩入れしていないのも事実ですし、ここで聞いたこともあの方々には口外しない──ということで、満足ですの?』
電撃姫はその名の通り、今にも通信越しに電撃を送りかねない勢いだったが、彼女は重要な事実を忘れていた。
戦争開始からしばらく経ったが、ライムだけは誰とも、一度たりとも接触を取ってこなかったのだ。
もしも彼女が味方であるとすれば──そうでもなくとも、その真意を探る貴重な機会が生まれていると言える。
 




