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──夜、里の外にて……。
地面に突き刺された松明の炎だけがゆらゆらと揺れ、少女の姿を仄かに照らし出していた。
彼女の瞳に映るのは黒一色の世界であり、暗順応を経た後であっても、黒が海のように波打つ風景しか見えない。
彼女の視界が捉えるは、見下ろす山の風景であり、墨の海のようなものは森や林だ。
麓は遠く、夜が深くないというのに、地上の町明かりは一つとして見当たらない──それほどまでに、人里と離れた場所に里はある。
風の流れが変わると、三つ編みが宙で踊りだす。ティアは背後を改めた。
「ガムラン?」
「ああ」
ガムラオルスは彼女の元に歩みだすと、突き刺さった松明のそばに座り込んだ。
全く面白げのない風景をしばらく見つめた後、彼は話し出す。
「本気か?」
「ガムランは、いやかな?」
「その必要はない、と俺は考えていた。族長の性質はある程度知っているつもりだ──あの人ならば、英雄になろうともせず、誰も英雄にしようとしない。指揮官として重要なのは、出過ぎないことだ」
彼がこのような知識、思想を持つようになったのは、シナヴァリアに憧れていた時代──里を抜け、本の虫となっていた時代だ。
彼が宰相であることを知っていた為か、知れる限りのことを覚え、対抗しようとしていたのだ。
──ただし、その後に没頭した本の影響でかなり脇道に逸れることになったのだが。
「ガムランって頭いいんだね」
「……そんなことはない。俺はただ、真似事をし、教えを守っているだけだ」
そう、彼がここまで実用的に知識を運用できるようになったのも、全てはヴェルギンに師事していた時代に受けた教育によるものだ。
表面的な理解に止まらず、知り得た情報を本質的に理解し、応用することそれを覚えたことにより、収斂的にシナヴァリアのような軍国主義者になったのだ。
ただ、その教えられたことを正しく実行するということも、なかなか簡単に出来ることではない。
「でも、ガムランは英雄譚が共通しているって言ったよね?」
「それがどうした」
「もし、英雄って人達が死んじゃうとしても、それでも勝てるってことも共通しているんだよね?」
まるで予期せぬことを言われたように、ガムラオルスは黙り込んだ。
これは発想の転換であり、生死判定において英雄が害でしかないと語った彼にとって、その利の部分を突き出されると痛いものがあった。
「私が英雄になれるかなんて分からないけど、でも……みんなの為だったら、私は頑張れると思うよ」
「絶対に勝てると思うな。敗北した者は歴史に名が残っていないだけだ」
「その時は、私が死なないかもしれないでしょ?」
フィアとティアの大きな違いは、地頭の差だった。
彼女はまるで阿呆のように──見た目相応な知能しか有していなさそうな少女だが、思考力が劣っているわけではないのだ。故に、会話の節々で学習したものを適切に利用している。
「ティアは馬鹿だと思っていたが、どうにも違うらしい」
「えへへ、そうかな?」
「狂っている」
彼は顔を見ることもなく、そう言う。「自分の命を優先しない人間は、普通ではない」
「……普通じゃなきゃ、ダメなの?」
これ以上の会話は無駄だと判断したのか、ガムラオルスは立ち上がり、その場を去ろうとした。
「ガムラン!」
「なんだ? お前と話すことはこれ以上ない」
「私、絶対に死んだりしないから!」
「それがどうした。俺には関係のないことだ」
「もし私が死んじゃうんだとしたら、ガムランが守ってよ! 強いガムランだったら──」
地が土であったからか、音はそれほど大きくはなかったが、彼は確かに地団駄を踏んだ。
「いつまで休めるとも知れない状況だ。俺は休ませてもらう」
「ガムラン……」
顔は見えなかったが、青年が憤っているのは明白だった。
少女は彼に手を伸ばしこそしたが、追うまではできず、その場に座り直した。
「私は、ガムランには生きていてほしいのに」
星の秘術によって生き残れるかもしれない、という希望を持っていたティアだが、それでも死が絶対不干渉の位置にいるとは思っていなかった。
最悪の場合、自分の命を費やしてでも想い人を助けたい。そんな、破滅的な発想を彼女は得始めていた。




