2r
「族長、魔物七体の撃破に成功した。大物は一匹もナシだ」
里に戻ってきた二人は族長の──と、元族長の者達が集う──テントに入ると、自分達の戦果を報告した。これで報酬が渡されるわけではないが、情報の共有は重要である為、ガムラオルスが報告の制度を提案したのだ。
それにより、魔物の規則性や能力などの分析はかなり進んでいた。皮肉な話だが、風の大山脈は全員が身内であることもあり、この制度の導入はとてもスムーズに進んでいる。
魔物の能力、という点についても他国と比べても劣ってはおらず、むしろ部分的には一線を画しているとも言えた。
「近日は小型の率が高い……外界で何かがあったか」
「連中がここまで通れなくなったということは、おそらく地上の戦力が整いだしたということだろう」
「うん、私もガムランの意見に賛成だね。私が戻る前で、水の国と冒険者ギルドは協力してたから」
「……それについてはさほど触れないでおこう。しかし、だとすればこちらとしても休息の時が稼げる」
「えーっ? 余裕があるなら魔物を倒しに行こうよ」
現れない魔物をどうやって倒すのだろうか、と思うかも知れないが、彼女としては麓にまで赴むこう──と、言いたいのだろう。
もちろん、その意図は全員が理解しており、その上で肯定的な者はいない。
「俺は族長の意見に同調する。いつ大物の襲来が始まるか分からない以上、休める内に休んでおくべきだ」
度々口にされる大物、というのは鈍色や藍色の瞳を持つ個体のことだ。彼らは能力の保有率が高いだけにとどまらず、奇妙に改造の加えられた術を用いる。
対大物戦用の技術は洗練され始めているとはいえ、絶対的な戦闘回数の少なさから外界のそれには及ばない。未だに安全圏は遠い、ということである。
「皆、これに不満はないな」
若人の世代もそうだが、他の里にいた者達はウィンダート族長の意見に従いがちだった。
戦闘能力という面に関しては、山の中で大きな差は生まれていない。しかし、この本家は他の里と比べて圧倒的に発展していた。
風の巫女を有することもそうなのだが、外界で知識を得たガムラオルスが頭脳として働いていることも優位さを作り出している。
しかし、最大の要因は土壌である。この世代に限定して言えば、外界との接触が存在するのは本家だけである。
息子であるシナヴァリアもその一部であるが、最たるはウィンダートがまだ若かった時代に訪れた、無謀な天属性使いによるものだろう。
「では、皆に羽を休めるように伝えておいてくれ」
人任せにも聞こえるが、各部族の人員管理に関しては依然として元族長達に一任されている。吸収合併した部族を部隊の形に置き換えている、というと想像しやすいかもしれない。
そうして、テントから重役達が出て行き、最後には三人だけが残った。ガムラオルスは分家の身ではあるが、武勲や功績から族長の腹心になりつつある。
そういった都合から、元分家の者達を指揮する立場は彼の父が持っているのだ。もちろん、族長の腹心という存在は彼の権利代行者ともいえ、実質的には全体の司令権を有している。
まるで彼に都合のいい制度のようにも感じるが、それもそのはずである。これを発令したのは族長ということになっているが、提案したのは他でもなくガムラオルスなのだ。
「ガムラオルス、まだ何かあるか」
この場に残ったのは当初から決められていたことではなく、彼が独断で実行した行動だった。
故に、身内であるティアはまだしも、彼が残るというのは奇妙に写ったようだ。
「族長の選択は大きく間違ってはいないと思う。だが、元分家の人間を指揮官に据えるのは、なるべく早く変えたほうがいい」
「……その方が、指揮系統は安定すると思うのだが」
「その点で間違っていないと言った。しかし、旧来の長と制度上の上官、命令が二分した際にはどちらが優先されるか」
ティアはなんの話をしているのだろうか、と言いたげな様子で、状況を静観──というよりも傍観だ──していた。
族長はというと、理解した上での静観を行っている。会話をした上で、ガムラオルスの考えを探り出そうとしているかのように、返答は穏やかだ。
「一族を軍隊化する、ということか」
「その方が、生存と存続という目的で有効だ」
生存、というのは人間の生き死にのことだ。その後に強調するような形で、存続という言葉が差し込まれた。
存続とは、風の一族のことを指していた。族長が最も優先するであろうことだ。
「みんなが助けあうんじゃダメなのかな?」
「ティアは黙っていてくれ」
「……うぅ」
全く考えなしなティアを押しのけ、彼は自分の提案を通そうとした。
暫く考えた後、ウィンダートは承諾を意味する所作で応じた。
「確かに──だが、その代表者は誰が務める」
「それは、全部族の長である族長こそが相応しい」
「ガムラオルス、お前は理解していないようだな。私にこの集団をまとめきるだけの力は、ない」
「……謙遜か? 族長の他に誰が皆を導く」
「お前が私を推挙するというのであれば、代行者を立てよう──ティアだ」
その言葉が口腔内を経過し終えた途端、周囲の空気は完全に凍結した。
 




