もうひとつの戦い
──風の大山脈、本家の里付近の森にて……。
背の高い木々が鬱蒼と茂る森の中、ティアは羽虫の群れと遭遇していた。
かつては地上への未練を持っていた彼女だが、自分の役目を完全に捨て去るほどには愚かではなかった。
出会い頭にもかかわらず、風の巫女は迷いなく鋭い蹴りを放ち、一体の脳天を貫いた。その余波で滞空状態の維持が困難になった二体は地に落ちる。
だが、残る四匹は難を逃れ、子供一人がギリギリ通れないほどに木々が密集した地帯に突入した。
「ガムラン、奥に行ったよ」
「その名で呼ぶなッ!」
瞬間、上空で鮮やかな緑光が煌めいたかと思うと、標的の逃げ込んだ地点に鋭い光線が放たれた。
「一体撃破! 次はもう少し右だよっ!」
「分かって──いる!」
これまで戦いの花形を務めていたティアだが、今日に限っては観測手という裏方に回っていた。
彼女の役割は大型の魔物との近接戦、現在のような斥候の各個撃破などであり、こと羽虫戦においては広範囲を焼き払えるガムラオルスに軍配があがる。
なにより、彼との共闘を彼女が望んでいる──というのが、これを成立させている最大の要因だろう。
狙い撃つような攻撃により、森が焦土となることもなく、該当の四体の撃破に成功した。無論、飛行能力を一時的に失っていた個体も、片手間のティアに討たれている。
一時の平和が生まれ、緑光の翼を持った青年はティアの近くに着陸した。
「とりあえず片付い──」
「ガムラーン! やったねっ!」
──と、いいながら抱きつこうとしてきたティアを片手で押し、拒絶の意を示した。
「敵を全て討ったからといって、警戒を解いていい理由にはならない」
「いけず……少しくらい甘やかしてくれてもいいのに……」
彼はなにも答えず、周囲の様子を改めて確認した。高所からでは相対的に距離が遠くなる為、敵の察知は地上で行う方が効率的である。
もちろん、風の一族ほどの視力があれば目視も十分可能なのだが、彼は自分の目を過信していなかった。最終的な判断は、常に視覚情報と魔力の検出結果の二つによって行われる。
心配性といえば簡単な話だが、彼の場合はティアを通じて隠遁能力を有した魔物が存在することを知っている。無論、その場合は魔力察知も無意味になるのだが、彼はその逆が存在するとも読んでいた。
つまりは、姿だけを隠すという能力──周囲に擬対する能力などがそれに該当するだろう。
「とりあえず問題はないようだ」
「もうっ! 私だって下で調べてたのに」
「魔物は俺達の予想を遙かに上回ってくる。幻覚を見せる能力が存在するとして、空中に逃れている俺だけが範疇に含まれていない可能性もあるだろう──その逆も然りだ。故に、手間が掛かってでも手抜かりはしない」
ティアは内心混乱していた。
彼女の知るガムラオルスは強い人物ではあるが、真面目な少年だった。
次に出会った──正しくは会話した、だろうか──際、彼は大人びた声で、ミネアと喧嘩するような性格に変わっていた。
そして三度目、まるで反抗期が収まったかのように冷静で、かつシナヴァリアを想起させる容姿と性質を獲得していた。
全てが全て合致しない認識だが、それでも彼女は依然としてガムラオルスを好いていた。




