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──火の国、砂漠を走る馬車内にて……。
「ライト……?」
少し前まで話の通じない馬鹿者扱い──ミネアとの会話で察したのであり、直接言われたわけではない──されていたことを憤っていたのだが、今は心配そうな顔で彼の顔を覗き込んでいた。
「どうした?」
「ううん、なんでもないの」
「ならいいけどな」
彼がミネアとの通信中に口にした言葉は、フィアに状況の切迫を伝えるには十分だった。
「(ここまで早く効果が出るはずはないのに……私が手を加えたから?)」
「(手を加えたって、《皇の力》のことか?)」
「えっ!?」
咄嗟に両手で口を塞ぐが、そもそも互いの思考を覗き合える二人であるのだから、あまり意味のある行動ではなかった。
こればかりは彼女の失言癖というより、異常な能力を持つ善大王が特異なだけだろう。
「俺、何か変わったところでもあるのか?」
「えーっと、ライトが最近はいい人過ぎるかなぁって」
「そうか? ……フィアは気付いていないと思うが、夜中にちゃんと幼女を見繕っているぞ?」
「そ、そうなんだ……えっ? そうなの?」
笑みを浮かべたまま、彼は頷いた。そのあまりにも悪びれる様子のない態度に、フィアは怒るタイミングを失ってしまった。
「それに、俺が善人に見えるのは世界が奪われると都合が悪いからだ。あのダークメアなんざにこの世界はやれねぇよ」
彼の言い方はおおよそ正義らしくもないものだったが、実のところそれはフェイクに過ぎなかった。
善と悪の戦いとは常に気に入るか入らないかの戦いであり、敗者が悪となる。どんな大義名分を連ねようとも、本質的にはこの図式は変わらない。
──故に、彼はわざと悪人のような態度を取っているだけで、実行している行為は世界的には善としか思えないものである。
「そんで? 俺の性格がよくなってるのがデメリットってことか?」
「えっ……うーん、そういうわけでもないんだけどね」
「もしそうなら、俺は真人間になるってことか──シナヴァリア辺りは喜びそうなものだな」
冗談のように笑っているが、常に憂鬱気味な少女はこれに応えることもなく、「うん」とだけ言った。
「(こうなると、存外嘘でもないのかもな。……しかし、フィアはどうしてここまで恐れている? 悪くなるとかならともかく、善人になるならいいことのはずだが──もっと致命的な何かが存在するのか?)」
悩んでも分からないことだと気付くのに、時間はかからなかった。フィアが伏せている以上、現状はこの力が危険であるということしか認知できないのだ。
そして、それでも使用の是非を決める場面では十分な判断材料となる。
少なくとも、今はそれでいいと彼は考えていた。理論を重んじる彼だが、それに取り憑かれない程度には、本人も強かったのだ。




