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──火の国、フレイア城にて……。
「報告? なにか裏が取れたのかしら?」
口調こそは穏やかだが、短い二束の赤髪は右へ左へと揺れ動いている。
『裏というほどでもないさ。……カーディナルのアリト、あいつは悪意でフレイアを陥れようとはしていないらしい』
「……悪意で?」
『ああ、あいつの行動は客観的にみて王家を脅かすものだ。ただ、アリトはアリトなりに火の国を想って行動している──民を生き残らせたいならば、奴らを利用する手はない。逆に、王家の存続を是とするのであれば、連中は早めに消しておくべきだ』
《皇》とは思えない、一国──それも一勢力に肩入れした意見なのだが、この通信を行っている両名ともそれを気にはしていなかった。
善大王からすればこれは個人的な会話に過ぎず、ミネアもまた、これを姫として聞いてはいなかった。
二人は公にこのようなことを話してしまった場合に、どのような影響がもたらされるのかをきちんと理解しているのだ。
──逆にそれを理解できる程度には、彼女も冷静さを取り戻しているということだ。
「悔しいけど、それなら国の方を取るわ。フレイア王に不満があるのは、なにも民に限ったことでもないから」
『……大人になったな、ミネア──っと、それなら協力してやったらどうだ? そしたらもっと早く、皆をまとめることができると思うんだが?』
急に軽薄な態度に戻る彼が面白かったのか、ヒステリック気味だった姫は愉快そうに笑った。
「それは遠慮しておくわ。だって、気に食わないのは変わってないから」
『そうか……おっと、あといくつか報告が残っていたな』
「これ以上なにかあったかしら?」
『俺がアリトを見逃してもいい、と判断した理由だ。これはつまり、ミネアの地位を脅かさない存在だと分かった理由……とも言い換えられるな』
「どんなことよ」
もはや満足していたのか、彼女は深く気にする様子もなく手拍子で答えた。
『あいつはコアルを異様に愛していた。いや、一応念を押しておくが、異常性癖を持ち合わせているというわけではない。……どうにも、あいつの行動原理は火の国の乗っ取りというより、彼女によく見られたいというもののような気がしてならない』
あまりに間の抜けた分析に、嘲りや侮りなどではなく、拍子抜けという感触が襲いかかる。
「たしかに姉様から聞いた話とは合致しているけど……まさか、本当に?」
『十中八九だな。だから、もし首都が民意で潰されたとしても、王家の状況はさほど変化しないだろうよ』
言ってしまえば、婿入りから嫁入りに変わるというものだ。この政略結婚自体が、もとより相互関係の構築を考えている以上、どちらに転んでも大きくは変わらない──強いて言えば、遷都をするかどうかの問題だ。
『それで、コアルはどんな調子なんだ?』
「……姉様は」
『まさか、戦死したのか?』
「そんなわけないじゃない! 滅多なこと言うんじゃないわよ! まったく……公務を果たしているだけよ。フレイア王だけじゃ手が回らないからって」
『どうりで会えないわけだ。なら、無事ってことだな。大事にしろよ、転ばぬ先の杖になりうる存在だからな』
「……それを言うなら、保険とかの方が適切じゃないかしら?」
『そうとも言うな。うん、こういうツッコミがちゃんと入れてもらえるのは安心だ』
失敗を防ぐ為の用意というより、失敗した後に身を助く存在なので、この場ではミネアの方が適切な表現を理解していた。
とはいえ、善大王も全くもって理解していないかと言われると、そうでもないだろう。彼なりのジョークだった、と考えても相違ない。
『それと、もう一つの方は少しばかり真面目な話になる』




