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自分達の近くに敵国の軍隊がいるというのに、それを無害などと言われてしまえば、彼らとしても黙っていられるところではなかった。
「闇の国が害じゃないなんて、あんたそれでも善大王かよ」
「当面は害ではないといっただけだ。後々そうなるかもしれない」
「なら今すぐにでも対処してくれよ。全部やってくれとは言わないが、手を貸してくれるくらいはいいだろ」
「俺はその必要性はないと考えている」
「この問題が面倒だから解決したくないってことか? それとも、雷の国や水の国からは賄賂でも受け取ってたってことか?」
「自分の都合ひとつで《放浪の渡り鳥》の名誉まで地に落とそうとは、貴族様らしいやり方だ!」
罵詈雑言に、フィアは憤り始めた。彼女が本気で怒れば最後、この町で軍隊が衝突する以上の破壊がもたらされるのは必至。
「ライト」
「いや、フィア少しはおちつ──」
「善大王様、部下の非礼お詫びします」
そう言うと、アリトは深く頭を下げた。
彼は自国の危機を見逃そうとする者を前にしてもなお、飽くまでも理性的で、そして善人だった。
「その判断が正しいこと、私も理解しております。しかし、部下達の国を憂う気持ちもまた、私は分かるのです。愛国心をいいわけにするつもりではありませんが、彼らの無礼──どうかお許しを」
隊員達はこれを取り下げさせようとしていたが、この善人の隊長は断じて応じず、許しを乞うた。
「(いい奴だな……というより、素直な男だ。純粋に謝罪をするのであれば、部下にさせればいい。自分でするにしても、部下を庇い立てするような言い分は悪印象になりやすい──損な人間だ)」
彼はもとより、怒りなど微塵も感じていなかった。
正しい判断を下し、その結果批判されることに慣れているのだ。その点はシナヴァリアの同類ともいえ、ある意味損な人間の一種でもあった。
故に、彼は些事で激情に囚われることはない。同時に、眼前で謝罪を続ける男に哀れみを覚えていた。
「そちらの考えは理解しているつもりだ。憤る道理も分かる……いちいち咎めたりはしねぇよ」
本人がそういってしまえば、それを代行して裁く行為に意味はなくなる。今にも人一人を蒸発させようとしていた少女は、静かに砂中の《魔導式》を解除した。
「まぁ面を上げろ。……俺としては、ティアが見逃した本当の理由が気になる」
「……理由、ですか」
「ああ、あいつが危険な存在を放置したとは考えがたい。少なくとも、なにかしら力の行使がなされているはずだ。にもかからず、状況が改善されていないとすれば」
「ティアが負けた? ……だって、ライトも勝てないんだよ?」
さりげなく脆弱性を晒しあげたフィアだが、それについては彼も咎めない。
「少なくとも、ここに潜伏している連中が想像を絶する強さを持っている……という可能性は考慮した方がいい。下手な刺激は余計な被害を生みだしかねない」
 




