12w
──フレイア城にて……。
「(善大王、本当にやってくれてるのかしら)」
一度は諦めた夢であり、その場限りの取り繕いかも知れない言葉に、彼女は揺れていた。
それは疑いというよりもせっかちであり、報告がそんなに早く来るわけがないと自覚しながらも、幾度となく考えていたのだ。
「(……通信、してみる必要があるかしら)」
体感時間としては相当待っているようだが、実際の時間はやはりそこまで経っていない。便りが待ち遠しく、空のポストを開け閉めする子供と大差ない行動だった。
「ちょっと海に出ていたつもりだが、こんなに変わっていたとはなぁ」
「え?」
背後から聞こえてきた声に、ミネアは素っ頓狂な声をあげた。
見てみると、そこには本来自分の護衛を任としていた男が立っており、その表情はカップルを小馬鹿にする者のそれを思わせた。
「なによ、いたの?」
「護衛だからな」
ちなみにトリーチが陸に戻ってきたのは──そして城に訪れたのは──今し方の出来事ではない。
善大王が発ってすぐ、彼はヴェルギン宅に戻ってきた。そして、元の任務を再開するように、ミネアの護衛を立派に務めていた。
城に来る際も同行しており、ここに立っていたのもその時からである。つまるところ、ミネアは彼の存在を忘れるほどに熱中していたのだ。
「ずっと話さないが、何かあったのか?」
「……別に」
「そうか。まぁ、俺は仕事を果たすだけだがな」
詮索をしない護衛役に安心しながらも、彼女は内心で悪気を覚えていた。
「(あんたの主を疑ってる、なんて話できるわけないでしょ)」
実際のところ、彼はミネアが主をよろしく思っていないことを理解していた。無論、それは両方向に伸びており、彼女もその自覚は持っている。
ただし、気に入らないと喚き散らすのと、本当に調べさせるのとでは意味が違う。前者なら感情論や好き嫌いで済む話だが、後者となると子供の悪戯にしては度が過ぎる。
恋焦がれる乙女のように、急く想いを抑えられないミネアだが、そこだけはきちんと冷静な判断を下していた。
「それにしても、俺はいつまで子守してればいいんだよ」
「なに、不満があるなら直接言ったら?」
「ただの愚痴だ。聞こえたなら悪かったな」
あながち嘘ではない言葉だったが、どうにもこれは彼なりの反撃らしい。
いくら相手が巫女で姫で、護衛対象の子供だとしても、その悪態に苛立ちを覚える辺りはとても人間らしさが表れていた。
「なんなら解雇してもいいんだけど」
「そうしてくれたら手っ取り早いんだが……それで納得してくれるとも思えないしな」
もとより、そこまで必要性を訴えていなかったミネアに彼をつけたのは、他でもなくアリトだ。
喧嘩で解雇というやり取りは、ある意味既に終えられた行為ともいえ、それを理由に戻れるとは考え難い。
「なら黙って護衛していればいいのよ。別に必要ないけど」
「海で俺が、どれだけの戦果をあげたかも知らないだろ?」
「それはそれ、これはこれ」
カーディナルは火の国の害になるから──と大義名分をつけていた人間とは思えない手のひら返しだった。
あの疑心がそもそも彼女の私怨に基づいていたという辺り、火の国に対する貢献に関心が薄いのも仕方がないのかもしれない。
「ったく、《盟友》ならこんなイライラする仕事がなくていいのにな」
「閑職よりは名誉のある仕事だと思うけど?」
生意気さが増したと同時に、当時よりは元気になった姫に対し、トリーチは「(言い争いしてもしょうがないな)」と折れた。
良くも悪くも、彼女は善大王の来訪によって変わっていたのだ。




