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大空のフィア  作者: マッチポンプ
後編 ダークメア戦争
690/1603

11

 ──カーディナル官邸、居室内にて……。


 アリトからの申し出を受け、善大王はヴァーカンへの偵察に数名の隊員を連れて行くこととなった。

 偵察なのだから人数は少ない方がいい、というのは常識的判断かもしれないが、そこは彼も相手を立てるべく断りはしなかった。

 上流階級者が目上の相手を無碍(むげ)にしたと知れれば、それは恥となる。家の面子を第一にする者達からの提案は、自分の利にならずとも受けるのが礼儀であるのだ。


「バレたらどうしよ?」

「さぁな。まぁ、俺達じゃ敵と民間人の区別もつかないし、それを調べてもらえた方がいろいろ便利かもしれない」


 善大王は飽くまでも、交戦するという最悪な状況を想定していた。それも、二人でも気付かれるかもしれないという、あり得ないほど状況をだ。

 一見、彼らしくもない不合理で無駄な警戒のようだが、そうすることで増えた障害を悪く思わずに済むことを考えると、精神衛生上は合理的なのかもしれない。


 もちろん、フィアはそんな理屈を理解しているはずもなく、二人きりの状況に水を差されることの方に憤っていた。


 カーテンを開けると、町の様子が目に入る。商業が多くを占めるのも理由の一つなのだが、朝早くにもかかわらず、町は目をこする素振りさえ見せていなかった。

 対するフィア、起きてから一刻は経つというのに、依然として眠そうな顔をしていた。


「そろそろ出るか」

「えー……早くない?」

「連中も気合い入ってるんだろ。それを()いでやるのは忍びない」


 《盟友(ブラッド)》からの協力申請では、あろうことか時間指定まで入っていた。

 ただ、早朝に目覚めろという押しつけを行ったわけでもなく、「なら、そっちの用意ができたらでいい」という善大王の適当な言葉が仇になった。

 予定や計画についても話し合いが終わった段階であり、その決行が翌日になったのも準備が終えられたという単純な理由だった。


 皮肉なことに、アリトは善大王に近い人間だったのだ。カーディナルが砂漠でも珍しい商業都市であることから、予想することは可能であったとはいえ、ここまでフットワークの軽い者はそうそういない。


 そうして、今に至る。ここで一番の打撃を受けたフィアに関しても、肝心の話し合い中にはもう眠りの世界に落ちていたというのだから、自業自得であった。


 用意を済ませ、部屋を出ると──善大王は最低限のベッドメイキングを行っているが、フィアはそのままだ──すぐにアリトと出会った。

 まるで狙ったようなタイミングではあったが、感じのいい「おはようございます」という挨拶で、奇妙な感触は取り除かれた。


「(これじゃ、見張ってたってより挨拶する為に待ってた感じだな……)」

「おはようございます」フィアは深くお辞儀をしていた。

「はい、おはようございます」


 本来促される立場だった少女は、まるで優等生──むしろ母親だ──にでもなったかのように、善大王を小突いた。


「朝からご苦労なこって」

「いえいえ、それほどでも」


 挨拶に応えない恋人が不満なのか、フィアは恥ずかしそうにした後、まるで代行であるかのように会釈をした。

 アリトはこれにも応え、そして善大王へと目を向けた。


「そろそろ行かれますか」

「だな。隠れてるとするなら、夜より昼頃がいいだろうし」

「ですね」


 三人は官邸から出ると、赤と銀が特徴的な装備をまとった、四名の隊員達の敬礼を目にした。どうにも、彼らが今回の同行者らしい。

 挨拶もそこそこに、既に待機していた馬車を指さし、アリトは二人の貴人──同時に奇人だが──を案内した。

 それは四人までは入れる馬車だったが、三人(・・)で打ち止めとし、残る四名の隊員はもう一台──先のものより少し狭い──の方に乗り込んだ。


 出発すると、窓は活気に満ちた朝の町を写し、ある一点を越えた時点で対照的な印象を抱かせる不毛の大地に変わった。


「……お前も来るのか?」

「はい」


 都市の出る段階で降りていくとばかり思っていた善大王は、貴族風の礼服に袖を通している若者の顔をまじまじと見つめた。


「本気か?」

「もちろんです」

「いいんじゃない?」フィアは思いついたままに言う。

「いや、一応次期領主だろ? そんな人間が来てもいいのか?」


 アリトは少し考えた後、幾度か頷いてから答えた。


「《盟友(ブラッド)》は隊長と隊員という上下関係を形式上は取っていますが、実際は全員が平等な部隊です。故に、私は指揮官を務めることもできますが、白兵戦が主です」


 つまり、実力には自信がある、ということである。実際、フレイアを防衛する戦いでは武勲をあげているのだから、自惚(うぬぼ)れとも言い切れない。

 ただ、《皇》はこれを不思議に感じていた。いや、もはやカーディナルという土地では、慣れた感触かもしれない。


「(身分を問わない混成部隊で平等……か。部分的には同意するところもあるが、よく成り立っているものだ)」


 彼がそう感じるのは当然のことであり、ミスティルフォードでの主流は軍人による部隊だ。これは貴族も当てはまるわけだが、少なくとも戦いに駆り出されるべくして育てられた者ということは変わらない。

 その例外は警備軍であり、彼らは志願者や能力者を軍に導入している。とはいえ、階級によって指揮系統が作られているので、本質から逸れていない。


 だが、《盟友(ブラッド)》には部隊としての共通認識や、それを生み出す為の指揮官が存在しない。

 互換性のない武器を装備した軍隊を想像すれば分かりやすいかもしれないが、こうした集団は力──知識も当てはまる──の収束、習練が困難であり、戦闘を混乱させる要因になりやすい。


「(十中八九、こいつのカリスマがそれを支えているんだろうな。戦略的には批判したいところも多いが)」


 英雄的な人物を擁立した隊はかなりの力を発揮する一方、その核が失われた瞬間に瓦解してしまうということが往々にして起こる。

 光の国が今もなお健在なのも、善大王以外の指揮官であっても機能するように調整されたからであり、もし神皇派のような人間だけならばすぐさまクーデターに発展していたことだろう。


 つまるところ、彼のやり方は善大王とは正反対であり、兵どころか将までも替えが用意できるような体制ではなかった。


「(さて、あの四人が俺の足を引っ張らないでくれればいいんだがな)」



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