10A
──カーディナル官邸、《盟友》の集会場にて……。
「あいつら隊長のことを疑ってるようですぜ」
「……相手は《皇》だ。聞き耳がないと思っていても、そのような言い方はやめておいた方がいい」
庶民的な食堂を想起させるその部屋には、隊長のアリトを含めた七人の私兵が集っていた。その中には、いつかガーネスで戦った冒険者も混じっている。
彼らは今まで──善大王達が官邸に来てからずっと──見張りを続けていたのだが、その会話の節々から明確な敵意や疑心を察知していたらしい。
ただし、それはアリトとて同じこと。わかった上で、あえてそれには言及していなかったのだ。
「天の巫女は人の心を見通す力を持っているという……そして、うつけとは言われているが、善大王様は当世最高の天才。こちらが疑心で返せば、すぐに見破られておしまいだ」
ここで、一同はようやく落ち着きを取り戻し、反省したように口を噤んだ。幸いなことに彼らの存在は察知されておらず、その真意が悟られることはなかったが、危ういところであったことは否定できない。
「しかし隊長、あいつらはどういう狙いで来たんですかね」
「王家や砂漠の民からの信頼も厚い隊長を調べるなんて、この砂漠の事情を知らないとしか言えないな」
これに関しては、若き指導者も明確な理由を探り当ててはいなかった。
強いて言うならば、ヴァーカンに潜む敵軍調査のついで、くらいのものである。しかし、それが噂でしかない上、ついでにしては善大王の目は鋭かった。
無論、本人が口にしたカーディナルの野望を調べている、という動機は明確にして辻褄の合う理由ではある。だが、そうであったとしても、《皇》が動くというのは大仰だった。
「ヴァーカンの調査を行う必要があるかもしれない」
「っていうと、闇の国が来てるかもしれないって噂ですか? もしそうなら、とっくの昔にヴァーカンは滅びてますよ」
ディード率いる第五部隊が、拠点利用することを目的に町を機能させ続けていたことを、彼らは知らなかった。
彼らの中では、五大国家を相手に戦争をふっかける軍など、戦闘狂の集まりとしか思えなかったのだ。事実、火の国ではそのように動いている。
その上、陸路で姿を見た者がいないと来ているのだから、これを噂と一蹴できない者はよほどの神経症患者くらいのものだろう。
──断崖絶壁からの上陸作戦を成功させるという異常事態が起きている時点で、これは仕方ないことと言えるのだが。
「だとしても、善大王様が向かわれると言うのであれば、これを支援するのが道理だ」
彼は正しかった。だが、それはやはり非人間的な正しさであったといえる。
一方的に疑い、褒美さえ与えようとしない者に対し、道義を重んじた行動を取れるというの異様である。
権威ある者に対する先行投資とするならば、そこには私欲が混じる。畏怖であるならば、嫌悪が混ざる。
だが、彼はそうした不純物の含ませず、人としての当たり前を行っているのだ。コアルの言葉を借りるのであれば、まさしくいい人だ。
そんなアリトだからこそか、それまで不満を抱いていた隊員達は呆れ返り、彼の意に従うことを決めた。
こうして通常の倫理観を持っている人間でさえ、自分の土俵に乗せてしまうのだから、ある意味ではミネアの想像した通りの恐ろしい男……というのもあながち間違いではないのかもしれない。




