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「ヴァーカン……あそこには上陸できるような浜はないはずだが」とバロック。
「そこは将軍のことですよ。きっと崖を登ってきたに違いありません」
常識的にはありえないことなのだが、隊員達の多くはこれに協調していた。
それほどまでに、カッサードという男は常識から逸脱した人間だと認知されていたのだ。事実、その方法で上陸したというのだから、もはや口を挟む余地もない。
「ヴァーカンから上陸とは、闇の国ってのは本当にトンデモない国なんだねぇ」
「おう、俺達の将軍は最強よ」
「いや、待てよ。だとしたら、俺達はこの女に依頼する必要なんかないんじゃないか?」
当然のように、気付いてしまう者が現れた。
「確かに、あの将軍が来たっていうなら、そっちのほうが信じられる。下手に雷の国なんかに行っても殺されるだけかもしれない」
部隊はそれまでの停滞とは対照的に、活動力に満ちていた。それはここに至るまでに溜まりに溜まった不満によるものであり、必然的に攻撃性を持っている。
「ハァー……あんたら調子がよくなったのは、めでたいとおもうけどさ。あたし抜きでここから先、進んでいけると思ってるのかねぇ」
「なに言ってやがる。俺達には将軍が──」
「将軍だか宰相だか知らないけど、あんたらが目指すヴァーカンは火の国。ここはまだ水の国のど真ん中……まだまだ正規軍が来る可能性のある地点さね」
「正規軍がなんだ! 帰れるという保障があれば、俺達が負けるはずねぇ」
皮肉だが、彼女は破天荒な生き方をしながらも、師であるシナヴァリアに似ていた。
どんな危機的な状況にあっても、常に心は揺らがず、そしてきわめて現実的な判断を下せる。
高揚感により判断能力を失いつつある隊員達と違い、彼女だけは現状を正しく認識していた。
「雷の国からの脱出より、ヴァーカンからの帰還が良いってのは賛成さね。船を調達する手間も省けるし、国からの見張りも手薄……でもねぇ、辿りつけなきゃどっちにしても意味がないとは思わないかねぇ」
言い分は真っ当なのだが、酔った人間に話しが通じるはずもなかった。
男達は武器を構え、考えもなしに用心棒を殺そうとした。
「《火ノ八十七番・灼炎》」
周囲に高熱の炎が広がり、焦った隊員達は燃焼を恐れるように逃げ出した。
しかし、炎は一人すら燃やさずにスッと消え、その場に満ちていた熱量も消え去った。
「あんたらがどれだけ盲目か、少しは分かったかい? あたしが《魔導式》を展開していたことも、あんたらを簡単に焼き殺せることも、少し考えれば分かることだよ」
そう、彼女は場の空気が淀み始めると同時に、地面へと《魔導式》を展開し始めていた。それに気付いていた者は誰もおらず、そもそも彼女の実力を正しく見極めていた者さえいなかつた。
「あたしもプロをやってんだよ。仕事として引き受けたからにゃ、最後まで付き合ってやるよ
その代わり、金を払わずに逃げようってんなら、その時ゃ焼き殺させてもらうがね」
鉄板の上に酒を流したかのように、激しい炎と共に酔いは消えた。




