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神の話題という、本来神の代行者であるフィアにとって最も得意な話が選ばれたはずだが、彼女はどうでもいいと言いたげな態度を取っていた。
「教会の人達はよく分からないかな。あれやったら神様って喜ぶのかな?」
「いや、それお前が否定したらいけないところだろ」
「そうかな? だって断食とかしても、神様べつにどうでもいいだろうし」
それに関しては善大王も同意だったようだが、それを認めることは国教──どころか、ミスティルフォード共通の教えを否定することになる。
常に少女を襲うことを考えていそうな彼も、さすがにそれはまずいと理解しているのか、彼女を抑えた。
「いやな、それは思っても言っちゃいけないことだ。特にお前が言ったら世界が混乱する」
「そんなまずいことなの?」
「教会の連中の教えってのは、世界共通なんだよ。言ってしまえば……あれだ、服を着るとか、飯を食うとか、そういうルールくらい浸透しているんだよ」
「えっ!? そんなに!?」
「ああ、しかもフィアは神と通じている人間だ。それが否定しようものなら、ミスティルフォード全体の常識がおかしくなる……かもしれない」
ただ絵本だけを見て暮らしていたフィアからすると、これは想像を絶するほどの新情報だった。
「でも、正しい神様の意見を言ってもいいんじゃない?」
「あのな、神様がいることは俺も理解しているつもりだ。だが、神様が本当に裁きを下してくれるか? くれないだろ。だから、人が悪いことできないように、教会がそれとなーく頑張ってるわけだ」
彼は知らない。かつて神が幾度となく人類を終わらせたことを。
彼女も知らない。自分が交信している神が、まったく世界に興味がないことを。
「んーじゃあ、あまり言わないようにするね」
「酔った調子くらいならいいが、フィアはまだ子供だしなぁ……うっかり意見が世界に広まろうものなら、フィアが神様になりかねない」
「わっ! それいいね! 引きこもりを悪く言えなくできるよ!」
「ちっちゃいんだよ! そんな目的で世界終わらせるな! ってか今そんなに引きこもってもないだろ!」
「確かに」とフィアは軽く納得したが、善大王としては戦争終結させる以上の難事を済ませたかのような、すさまじい疲労感がのしかかっていた。
「それで、なんの話だっけ?」
「お前が逸らしたんだろうが……って言ってもしょうがないな。今言ったとおり、宗教にハマることは別段おかしくはないし、それで素直になるのも理屈としては分かるんだよ」
理屈としては、と分けて言う辺り、彼自身の信心が乏しいことが如実に表れている。
「だが、アリトはいったい何を根拠にして、あそこまで真っ直ぐなのか……それがどうにも見当がつかない」
「コアルさんが好きだからじゃないの?」
「まっさか。そんな理由だけであそこまでできるかよ」
「愛は強いんだもん! 私もライトが好きだし、ライトの為だったら世界とだって戦えるよ!」
さすがは恋愛中毒者のフィア、愛を否定されては愛しの善大王だろうとも食ってかかる。
「そりゃフィアは例外だからな」
「むぅー……」
「それに、あいつは戦争終結という非現実を見ていなかった。俺みたいな頭のネジが外れたやつより、よっぽどマトモだ」
「それはライトがすごいからじゃない?」
「……ま、そうなんだけどな。俺くらいに天才じゃなきゃ、こんなことはできないんだがな、ハハハ!」
フィアはよく理解できなかったようだが、彼の言い分はまったくもって正しかった。
善大王は戦争をとめるという大義と、それを実行するだけの力を持っていた。故に、たいていの人間が諦めるようなことでさえ行える。
彼と同じように戦争終結を見ていたのが、ミスティルフォード最強軍隊を持つフォルティス王だということを考えると、これがよく分かるだろう。
逆に言えば、力がないにもかかわらず無茶ができる人間というのは、奇妙でしかない。
それがただの阿呆であれば簡単なことだが、実際に戦えているのだとすれば、これは異常事態である。
その前例こそが、ある意味でいえばハーディンだったのかもしれない。




